日本結晶学会について

会長挨拶

このたび,山縣ゆり子前会長の後を引継いで,日本結晶学会会長を務めさせていただくことになりました. これから2年間どうぞよろしくお願いします.

大学の教養部時代にレポートを書くために読んだ岩波講座「地球科学」の中で,初めてX線回折法という研究方法を知り, その後,この方法を使えば,より複雑な有機化合物からさらには巨大なタンパク質まで, 原理的にはどんなに複雑な対象であっても原子構造を直接決定することができるということに引かれたことが, この分野で研究を始めたきっかけです.日本結晶学会は私が大学院修士1年の時に最初に入会した学会であり, 結晶学を基礎として研究生活を送ってきた自分自身にとって最も重要な学会の1つです. 初代会長の西川正治先生以来70有余年の歴史をもつ日本結晶学会の会長職を引き受けることになり, その重さを感じて,身の引き締まる思いです.

私が,卒業研究で坂部知平先生の下で結晶学を学び始めてから40年ほどが経ちますが,この間に結晶学は大きく進歩してきました. そのおかげで,結晶さえ得られれば,結晶学を知らなくても構造解析が簡単に行える時代となりました. 言い換えると構造解析を行いたいユーザーにとって,構造解析の部分はブラックボックス化し, 結晶学は必ずしも必要がないとも言える時代になってきたということになります.X線結晶構造解析が一般化することに反比例するように, 近年,学会員数の減少が問題となってきています.そのような時代において,「結晶学およびこれに密接に関連する学問の進歩を図ることを目的とする(日本結晶学会定款より)」日本結晶学会は, 結晶学を基礎としつつさまざまな研究分野で活躍する若い研究者の人たちにとって魅力的な学会としていくことが喫緊の課題となっています.

日本結晶学会をより魅力的な学会とすることを目指して,昨年度までに年会費の見直しを始めとしてさまざまな改革や企画が行われてきましたが, その一環として,今年度から新たにCrSJ Keynoteが始まることになりました.これは,最先端の研究を,研究室紹介を交えてオンライン講演会として行うもので, 月1回程度の頻度で開催される予定です.研究の部分は,IUCrのKeynote Lectureをイメージしているということで,最先端の専門性の高い内容を, 分野が離れた人にとってもわかりやすく,また興味をもって聞いていただけるようなものになるのではないかと期待しています. 時間や場所の制限を受けにくいオンライン講演会ということですので,ぜひ近くにおられる方に声をかけていただいて,多くの方に参加していただくことを期待しています.

ところで,生物分野では,この10年弱の間に飛躍的に技術革新が進んだクライオ電子顕微鏡による単粒子解析と, 数年前に突如として現れてきた機械学習によって高い精度で構造予測ができるAlphaFold2を代表とする立体構造予測法の登場により, それまでは単結晶X線結晶解析の独壇場に近かったタンパク質を始めとする生体高分子の原子構造決定法が大きな転換期を迎えています. 今,2023年にメルボルンで開催されるIUCr2023のプログラム編成の議論が進んでいますが, 従来からの狭義の結晶学には入らないと思われる分野もどんどん取り入れようとしています. アメリカ結晶学会(ACA)でも同様の流れが進んでいると聞いています.このような流れとともに,IUCrには, XAFSやNMR crystallographyといった結晶にこだわらない分野のCommissionも存在していることを考えると,日本結晶学会も,結晶学を基礎としつつ, これまでの結晶学を越えた研究者の交流の場として,「物質の構造を見る」学問をさらに発展させていく可能性を秘めた学会としての方向性を探っていく時期にきているのでないかと考えています. 今後さまざまな方向性で議論を進めていくことで,より多くの幅広い分野の研究者の人にとって魅力のある学会となる方向性が見つけ出すことができればと考えています. 会員の皆様からの忌憚のないご意見をお待ちしています.


2022-2023年度 会長
大阪大学 教授
中川 敦史
2022年5月