ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
会告ることで分子同士の接触の機会を増加させる,すなわち結晶化シャペロンとしての抗体フラグメントの利用があげられる.従来,モノクローナル抗体を切断したFab(antigen-binding fragment)やFv(variable fragment)を1本鎖に繋ぎ合わせたscFv(single-chain Fv)などが結晶化シャペロンとして利用されてきたが,試料調製のコストの高さや技術的な困難さが問題となっていた.そのような背景のもと,有森会員は,Fvを構成する重鎖,軽鎖それぞれの末端にヒトがもつMst1タンパク質のSARAHドメインを融合した新規の小型抗体フォーマットFv-claspを設計した.重鎖と軽鎖それぞれに融合したSARAHドメイン同士は,逆平行のコイルドコイルを形成し,重鎖と軽鎖のヘテロ2量体を安定化させた.有森会員は,物理化学的な測定や計算化学的な予測を組み合わせた検討を繰り返すことで,FvとSARAHドメイン間の構造的な揺らぎを軽減させるための改良を行い,デザインの最適化を成し遂げた.さらに,多数のモノクローナル抗体についてFv-claspを作製し,いずれにおいても大腸菌で容易に生産でき,かつ安定なヘテロ2量体構造が形成されることを確かめ,デザインの汎用性を実証した.また,Fv-claspはFabやscFvを凌駕して結晶になりやすいことも示し,実際に難結晶化タンパク質に応用することでその結晶構造を決定することにも成功した.これらの成果は,有森会員が主体的な立場で研究を牽引し得られたものである.Fv-claspは,すでに国内外の数多くの研究者に提供されており,結晶学はもちろんのこと,近年技術革新の目覚ましいクライオ電子顕微鏡単粒子解析,さらには法医学分野においても利用されており,生命科学全般への貢献が広く期待されている.以上,有森貴夫会員は新規小型抗体フォーマットFvclaspを開発し,X線結晶解析によるタンパク質構造決定の可能性を広げるだけなく,周辺分野も含めた構造生物学的研究の推進に貢献しており,さらなるFv-claspの改良などで試料調製や結晶化技術の向上を図ることにより今後も構造生物学への貢献が期待され,日本結晶学会進歩賞に相応しいものである.2020年(令和2年)度日本結晶学会進歩賞授賞理由「試料ガス雰囲気のサブ秒放射光粉末回折計測システムの開発」河口彰吾会員河口彰吾会員は,粉末X線結晶構造解析法において,放射光を利用した高分解能粉末X線回折データ収集を高速化し,試料ガス雰囲気下での構造変化過程を追跡できるサブ秒回折強度測定システムを開発した.粉末X線回折法は単結晶法に比較して測定が簡便で材料科学の分野で物質の同定など広く利用されている.しかしながら,精密な構造決定や外部刺激による構造変化の時間日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)変化など,短時間で正確な回折強度計測が誰にでも簡単に実施できる状況ではなかった.河口会員は,大型放射光施設SPring-8のBL02B2実験ステーションで,粉末回折強度を短時間,高分解能で検出可能な多連装の一次元検出器と,サンプルチェンジャー,リモートガスハンドリングシステムから構成される測定装置を組み上げ,ガス導入とX線回折測定を同期させた,ガス雰囲気下でのサブ秒のX線回折測定を可能にした.従来の測定手法では計測時間は10分以上を要し,さらに試料の回折計への設置や位置調整も簡単ではなかったため,ガス雰囲気変化による試料の構造応答性の時間変化を追跡することができず,平衡状態での回折データしか得られなかった.河口会員が開発した計測システムは,試料交換-センタリング-温度可変-半導体検出器での測定の一連の動作が自動で行える機構を設計するとともに,それらを巧妙に制御するソフトウェアを開発することにより問題を解決した.その結果,標準試料と同等の結晶性材料であれば,最速の場合,粉末回折データはサブ秒で収集できる上に,1分間の測定時間で,リートベルト解析を行える定量性の高い粉末回折データを収集可能となる,世界でも類を見ない大変ユニークなシステムが構築された.さらに,このシステムを応用してさまざまな雰囲気が制御できるin situ粉末回折計測システムを開発し,試料のガス圧力を粉末回折計測と同期して制御する装置を構築した.これにより,ガスや溶媒蒸気圧力を制御した粉末回折実験の高精度化と利便性が著しく向上した.河口会員はこの計測システムを用い,サブ秒の時間スケールでのガス吸着過程における多孔性金属錯体(CPL-1)の構造相転移を観察することに応用し,時間発展の結晶構造変化の追跡に成功した.また本開発によりBL02B2粉末回折実験ステーションの利用研究による発表論文数は,開発前に比較して約1.5倍(年間約90報)に向上した.現在も河口会員は,大学院生時代から取り組んできたガス吸着や反応下においてミリ~マイクロ秒で進行するさまざまな条件下での不可逆過程の結晶構造変化を計測するべく,装置開発および研究を熱心に行っている.河口会員のアイデアは,ほかの放射光X線分析測定にも広く展開できる可能性があり,今後の発展が非常に期待される.以上,河口彰吾会員はサブ秒放射光粉末回折計測システムの開発研究を行い,試料ガス雰囲気を組み合わせ,in situ粉末構造解析手法の高度化と利便性の向上に貢献し,外部応答性結晶構造のダイナミクスの研究の発展に寄与し,当該研究分野をリードしていくと期待され,日本結晶学会進歩賞に相応しいものである.209