ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

ページ
82/92

このページは 日本結晶学会誌Vol62No3 の電子ブックに掲載されている82ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol62No3

会告のNi(Ⅱ)とFe(Ⅱ)の間にヒドリド(H-)が架橋していることを世界で初めて見出した.さらに,Ni-C状態では単結晶電子スピン共鳴法などで,Ni-Fe活性中心の電子状態を詳細に決定した.これらの結果は,タンパク質中の水素原子の位置を正確に捉えたきわめて稀な研究成果の1つである.また,水素分子に対する競争阻害剤である一酸化炭素・CO分子は,基質の水素とは異なり,Ni原子のみに配位することを結晶構造解析とラマン分光法で明らかにした.これらの知見は多くの総説論文としても発表されている.緒方会員は,上記のヒドロゲナーゼの構造化学的研究に加え,一酸化窒素・NO運搬ヘム鉄タンパク質ニトロフォリン,二核マンガン・リボヌクレオチド還元酵素,亜鉛マトリックスメタロプロテイナーゼなどの金属酵素の反応機構を構造解析から明らかにしている.以上のように,緒方英明会員は,ヒドロゲナーゼをはじめとする金属酵素の構造と反応の関係を,結晶構造解析を利用して詳細に解き明かした.これらの成果は,世界的にも高く評価されているとともに,生命科学特に生化学分野の研究の進展に大きく貢献しており,日本結晶学会学術賞に相応しいものである.2020年(令和2年)度日本結晶学会学術賞授賞理由「細胞の酸化ストレス制御の構造生物学」和田啓会員和田啓会員は,酸素環境下で生存する生物の「細胞内のレドックスバランス維持システム=酸化ストレス防御の分子メカニズム」に着目した研究を展開し,酸化ストレス制御の分子レベルでの仕組みの解明に大きく貢献した.和田会員は,[Fe 2-S 2],[Fe 4-S 4]などの鉄硫黄クラスターをもつタンパク質の研究からスタートして,その後,SUFマシナリーの研究まで研究対象を広め,SUFマシナリーは構成する個々のタンパク質がさまざまな組み合わせで複合体を形成することを発見した.これら複合体を含め,SUFマシナリータンパク質群の立体構造を決定し,鉄硫黄クラスター合成に完全に特化した新たなフォールディングをもつタンパク質(SufDおよびSufB)が存在することを明らかにした.さらに,これらのタンパク質複合体がダイナミックな構造変化を起こすことによって,複合体内部に合成サイトを一過的に形成し,酸素に脆弱なクラスターを合成する機構を分光学・遺伝学・生化学的な手法と“無酸素下での操作”を駆使して明らかにした.加えて,和田会員は創薬領域のターゲットについても精力的に取り組んでいる.植物由来ペルオキシダーゼおよび微生物由来カタラーゼペルオキシダーゼ(KatG)と呼ばれるH 2O 2消去酵素の構造機能解析を展開してきた.植物ではアスコルビン酸(ビタミンC)を使って効率的にH 2O 2を消去する仕組みが存在すること,微生物がもつKatGでは電子供与体の特異性について明らかにした.さらに,微生物に広く存在するKatGは,結核菌では結核治療薬イソニアジドの活性化を担うことや,KatGが結核治療薬の耐性にかかわる機序を明らかにした.γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)はグルタチオンを分解できる唯一の酵素である.和田会員が研究をスタートした当初(2005年頃)は,GGTの触媒残基ですら議論が続いていた状況であったが,種々のGGTやリガンド複合体の立体構造解析によって,GGTの触媒反応(クライオトラッピングによる基質分解)および翻訳後修飾機構,種々の阻害剤の結合様式,GGTがもつ特殊な塩耐性機構を明らかにした.これらの成果は,産業応用への基盤構築に大きく貢献している.併せて脂溶性抗酸化物質であるビリルビンの生合成機構も明らかにしてきた.ここでは,ビリベルジン還元酵素がユニークな基質認識/触媒機構をもつことを発見し,2分子の基質(ビリベルジン)が同時に結合し,その一方の基質骨格中のプロピオン側鎖が触媒残基の働きをするというほかに類をみない反応機序を解明した.ビリベルジン還元酵素の発見以降50年以上の間謎に包まれていた反応機構を明確にした成果である.画期的な重度黄疸治療薬(ビリルビン脳症治療薬)の開発につながることが強く期待されている.以上の和田啓会員による研究業績は,タンパク質構造解析を通じ構造生物学における反応メカニズムの解明への貢献にとどまらず,アカデミアによる創薬領域にまでインパクトを与えており,日本結晶学会学術賞に相応しいものである.2020年(令和2年度)日本結晶学会進歩賞授賞理由「タンパク質結晶化に応用可能な新規小型抗体フォーマットFv-claspの開発」有森貴夫会員有森貴夫会員は,膜タンパク質や糖タンパク質などの難結晶化タンパク質に応用可能な新規小型抗体フォーマットFv-claspを開発した.Fv-claspは,今後タンパク質の結晶学をはじめとするさまざまな分野での応用が期待されるユニークな技術である.細胞膜上に発現する膜タンパク質や細胞表面に存在する糖タンパク質の多くは,細胞外からの物質の取り込みやシグナルの伝達にかかわることからさまざまな疾患の治療薬の分子標的となっており,その立体構造情報を取得することは医学的な観点からも重要である.しかし,流動性に富む界面活性剤ミセルや可動性の高い糖鎖修飾によって分子表面が覆われているため,三次元結晶を形成しにくいという問題がある.そのような膜タンパク質や糖タンパク質の結晶化を促進する方法として,目的のタンパク質を認識する抗体のフラグメントを介在させ208日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)