ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
会告溶液の構造を表現する一般的な動径分布関数に対し,各成分の混ざり具合を濃度の不均一さとして表す『濃度ゆらぎ』に着目した.小角X線散乱強度と熱力学量を組み合わせて濃度ゆらぎを実験的に求める方法を開発し,溶液のメゾスケールレベルでの混じり具合を定量的に求める方法論を確立した.多くのアルコール水溶液について,濃度ゆらぎの観点から混ざり具合を明らかにした.相分離する溶液系にも展開し,従来の動径分布関数法とはまったく異なる液体構造科学を提案した.(2)超臨界流体の分子分布の不均一さと物性の関係西川元会員は,超臨界流体の分子分布の不均一さを『密度ゆらぎ』で表示することを提案した.小角X線散乱強度から密度ゆらぎを求める実験法を確立し,多くの物質の超臨界状態に適用した.その結果,物質に依存しない普遍的な性質として,気液曲線の延長上にゆらぎの尾根線(Widom-Nishikawa Line)が存在し,ほかのGibbsenergyの二次微分量の境界線と重なり,その近辺は超臨界流体の特異性が最も顕著な領域であり超臨界流体の活性場であることを明らかにした.(3)相変化時の動的ゆらぎの研究小角散乱は主にメゾスケールの情報を与えるが,これをマクロに外挿すると熱力学情報と結びつく.変化しているときには必ず熱の出入りが起こる.現象の微弱な熱の出入りを検知可能な感度と,変化にマッチした掃引速度で追跡できれば,熱測定からも変化のダイナミクスや動的ゆらぎの情報を得られると西川元会員は発想した.通常,相変化は非常に早く,変化の一瞬一瞬を実験的にとらえることは難しかった.西川元会員は,超高感度熱量測定や構造変化と熱の同時測定実験を行い,さらにNMRを用いて緩和時間からダイナミクスの情報を得るなど,多様な測定手段の開発・改良を重ねた.それらを駆使することによって,相変化時に起こる動的ゆらぎを時々刻々の熱の出入りとしてとらえ,その現象の解明に成功した.すなわち,緩和ダイナミクスがゆっくりしたイオン液体を用いることによって,相変化におけるリズム的凝固・融解(凝固/融解が行きつ戻りつする現象),間歇的結晶化,可逆的相変化などを見出し,それまで不可能であった一次相転移における動的ゆらぎ挙動の直接観測に成功した.これは,イオン液体のみならず,通常の物質でも起こる一般的現象であると考えられ,長年の謎であった一次相転移のダイナミクスの解明に新しいページを開いた.西川元会員は,日本結晶学会誌に小角散乱などの多くの解説を書き,さらに,日本結晶学会誌の編集委員を長年務め,我が国の結晶学の発展に貢献した.また,科研費特定領域研究「イオン液体の科学」(2005~2010)の領域代表者として,50を超える研究グループを統括し,日本のイオン液体研究の存在感を世界に広めた.さ日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)らに,イオン液体研究会の3代目の代表世話人(2010~2014)として,イオン液体研究分野を活性化させた.また,物理化学および化学物理分野である分子科学会の設立メンバーとして活動し,初代会長(2006~2008)を務めた.以上のように,西川惠子元会員の研究の特徴は,自ら開発した方法論と装置を用いて展開するオリジナリティにある.ゆらぎをプローブとして,複雑凝集系の構造と物性を新しい観点からとらえることに成功し,新しい見地に立った構造科学を創成したと高く評価される.これらの研究業績は,結晶学とこれに密接に関連する学問の進歩におおいに貢献しており,日本結晶学会西川賞に相応しいものである.2020年(令和2年)度日本結晶学会学術賞授賞理由「金属酵素の結晶構造化学的研究」緒方英明会員緒方英明会員は,結晶構造解析や分光法などを用いてヒドロゲナーゼをはじめとする金属酵素の反応機構を研究し,顕著な成果をあげた.特にヒドロゲナーゼの研究は,精密X線結晶構造解析法と分光法を組み合わせたもので,この分野の発展に大きく寄与した.ヒドロゲナーゼは多くの微生物がもつ金属酵素で,水素分子の分解や合成を可逆的に触媒する.ヒドロゲナーゼは活性中心を構成する金属種により主に3つのタイプ([NiFe],[FeFe]と[Fe]ヒドロゲナーゼ)に分類される.[NiFe]ヒドロゲナーゼは,タンパク質分子中で触媒反応を担う中心部分にNiとFe原子から構成される「Ni-Fe活性中心」をもっている.標準型[NiFe]ヒドロゲナーゼを空気中にとりだすと,そのNi-Fe活性中心は触媒活性を示さない「不活性型」になる.緒方会員は,[NiFe]ヒドロゲナーゼの精密X線結晶構造解析を進め,不活性型は,NiとFe原子の間にヒドロキシ(OH-)イオンが架橋しており,さらにNi原子周辺の原子も酸素原子の修飾を受けて複雑な構造(例えばシステイン残基がスルフェン化されている)をもつことを明らかにした.この「不活性型」酵素を水素で還元すると,酵素は水素の分解と合成反応を触媒する「水素触媒反応サイクル」に移行する.緒方会員は,この水素還元後の酵素ではOH-配位子が外れることにより「活性型」に移行することを1.4 A分解能での結晶構造解析で明らかにした.水素触媒反応サイクルにおける[NiFe]活性中心の状態には少なくとも3つの状態(Ni-SIa,Ni-CおよびNi-R)がある.触媒サイクルに入るときには,Ni-SIa状態において水素分子が活性中心へ配位すると考えられている.その後,水素分子はH-とH+に分解されNi-R状態となる.緒方会員は,0.89 A分解能での超高分解能・超精密結晶構造解析に加えて核共鳴振動分光法を駆使し,Ni-R型では活性中心207