ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

久木一朗図2異なる空孔サイズをもつ同形のHOF 13aと13b.(Isostructural HOFs of 13a and 13b with differentpore sizes.)や揮発性化学物質を吸着・貯蔵するため,大きな比表面積をもつHOFの構築は目標の1つである.ただ,大きければ良いというものでもなく,混合気体の中から選択的に特定のガスを吸着する場合は,標的分子の大きさ,形状,極性などを考慮して空孔を設計する必要がある.例えば,13aのHOFはN2をほとんど吸着せずCO 2のみを吸着するが,13aとほぼ同じ組成で空孔径のみ異なる13bのHOFは,吸着量は増加するが,その選択性は失われる(図2).5)HOFを用いた室温付近でのガスの選択的分離は,特にB. Chenらが活発に行っており,8のHOFを用いてエタンとエチレンの混合ガスからのエタンの選択的吸着などを報告している.6)3.HOFの複合機能性中心のπ共役骨格は,π/π相互作用が水素結合を補助してフレームワークの剛性を高める役割もあるが,HOFに多孔性以外の機能を付与するための機能部位として重要である.例えば,R. Caoらはピレン誘導体5aから構築したHOFを用いて,ピレンの光励起による1重項酸素の発生とHOF空孔へ導入した抗がん剤の徐放とを相乗的に利用するケモ-フォトダイナミックセラピーの概念実証を行った.7)芥川,武田らは柔軟なシクロオクタテトラエン骨格をもつ6から構築したHOFが,加熱による包接溶媒の放出を引き金として構造変化し,結晶が飛び跳ねる“Jumping crystal”であることを見出した.8)また,π共役骨格に非共有電子対をもつ窒素原子を組み込むことによりカチオン種と強く相互作用し,窒素原子上の電子的な変化がπ共役系全体の電子状態に摂動を与えることができる.著者らが報告した多環式芳香族炭化水素であるトリナフチレンに6つの窒素原子を導入したヘキサアザトリナフチレン(HATN)誘導体14は,環状水素結合モチーフの形成を経て二次元ヘキサゴナルネットワークの積層構造をもつHOFを与えるが,HATNの弱塩基性ピラジン窒素はカルボン酸とは相互作用せず,空サイトとして結晶中に存在する(図3).そのため14のHOFを塩酸に曝露すると黄色から赤褐色へとただちにHOFの色が変化し,続いてこれを加熱して塩化水素を除くとまた元の黄色に戻る.9)また,このHOFは弱いながらも蛍光発光性を示し,塩酸の曝露により消光し,酸を除去すると元の蛍図3 HATN誘導体14のHOF構造.(Structure of a HOFcomposed of HATN derivative 14.)光発光を回復する.HATN誘導体14の構造異性体である15も同様に塩酸の曝露に対して色調変化を示す.4.終わりに活性化後も空間を維持できる安定なHOFを構築するための指針がおおよそ確立された.BET比表面積が3,000 m 2 g-1を超えるHOFや,10)強酸性のみならず強塩基性の溶液中でも構造を維持できる系も報告されている.現在,機能性HOFの開発が活発化している.構成分子の光物性や電子物性を明確に定義された空間と組み合わせることで,新たな機能性多孔質HOF材料を生み出すことが望まれている.その際に重要なことは,古典的ではあるが構造-物性相関を精密に理解することであり,結晶構造解析によるところが大きい.最近のX線回折装置の進化,身近になった放射光施設利用,電子線回折を駆使した構造解析の寄与により,非常に小さな単結晶でも構造解析ができるようになった.本分野において,結晶学および関連する技術はこれからも果たす役割が依然として大きい.文献1)M. A. Little and A. I. Cooper: Adv. Funct. Mater. 1909842(2020).2)R. -B. Lin, Y. He, P. Ki, H. Wang, W. Zhou and B. Chen: Chem. SocRev. 48, 1362(2019).3)I. Hisaki, X. Chen, K. Takahashi and T. Nakamura: Angew. Chem.Int. Ed. 58, 11160(2019)4)C. A. Zentner, H. W. H. Lai, J. T. Greenfield, R. A. Wiscons, M.Zeller, C. F. Campana, O. Talu, S. A. FitzGerald and J. L. C.Rowsell: Chem. Comm. 51, 11642(2015)5)I. Hisaki, Y. Suzuki, E. Gomez, B. Cohen, N. Tohnai and A. Douhal:Angew. Chem. Int. Ed. 57, 12650(2018)6)X. Zhang, L. Li, J. -X. Wang, H. -M. Wen, R. Krishna, H. Wu, W. Zhou, Z.-N. Chen, B. Li, G. Qian and B. Chen: J. Am. Chem. Soc. 142, 633(2020).7)Q. Yin, P. Zhao, R.-J. Sa, G. -C. Chen, J. Lu, T. -F. Liu and R. Cao:Angew. Chem. Int. Ed. 57, 7691(2018).8)T. Takeda, M. Ozawa and T. Akutagawa: Angew. Chem. Int. Ed. 58,10345(2019)9)I. Hisaki, Y. Suzuki, E. Gomez, Q. Ji, N. Tohnai, T. Nakamura and A.Douhal: J. Am. Chem. Soc. 141, 2111(2019)10)A. Pulido, L. Chen, T. Kaczorowski, D. Holden, M. A. Little, S. Y.Chong, B. Slater, D. P. McMahon, B. Bonillo, C. J. Stackhouse, A.Stephenson, C. M. Kane, R. Clowes, T. Hasell, A. I. Cooper and G.M. Day: Nature 543, 657(2017)134日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)