ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
日本結晶学会誌62,201(2020)長倉三郎先生を偲ぶ本学会名誉会員の長倉三郎先生は,さる4月16日に老衰のため逝去された.先生は静岡県沼津市で1920(大正9)年10月3日に誕生されているので,あと半年ほどで100歳になられるところだった.1943年に東京帝国大学理学部化学科を卒業され,1949年東京大学放射線化学研究所助教授に就任された.1953年には理学博士を授与された.1959年新設された東京大学物性研究所の教授に昇任され,1981年に定年退官された.退官時には東京大学から名誉教授の称号を受けられた.先生の研究業績は,分子軌道論を用いて分子内電荷分布理論や化学反応による電荷移動理論や水素結合による電荷移動理論の確立などがあり,その実験的な証明をしたことである.そして電荷移動の概念が有機化学および無機化学の研究に広く適用される端緒を開かれた.教授在任中の1961年から20年間は理化学研究所の主任研究員を兼任され,多くの専任や兼任の研究員と共同して研究を進められた.これらの研究業績は高く評価されて数多くの賞を受賞されたが,なかでも1966年「分子の電子構造および分子間相互作用の研究」で日本化学会賞,1971年「分子化合物の電子論的研究」で朝日賞,1978年「短寿命励起分子および反応中間体の電子構造と反応性の研究」で日本学士院賞を受賞された.またこれらの業績で,1985年文化功労者,1990年文化勲章を受章された.先生は独創的な研究の推進に加えて,研究者組織の指導者として卓越した能力を発揮された.物性研教授時代から日本で独創的な分子科学研究を創成すべきとの目標を掲げられて,研究所設立を目指して運動され,1975年に愛知県岡崎市に国立の分子科学研究所が設立された.1981年の東大教授定年退官後はその所長に就任され,1987年までの6年間所長を務められた.1981年に機構改革によって,分子科学研究所は隣接する生物科学総合研究機構と統合して,岡崎国立共同研究機構傘下の研究所に改組されたが,1985年から3年間はこの研究機構の機構長も兼任された.退官時には分子科学研究所から名誉教授の称号を受けられた.1988年には18の国立研究所で独自に大学院学生を教育することを任務とした総合研究大学院大学が設立されたが,その初代の学長に就任され,1995年まで7年間を務められた.また新たに設立された財団法人神奈川科学技術アカデミーの理事長に就任されて,2000年まで続けられた.これらの功績が評価日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)されて1995年に勲一等瑞宝章が授与された.すでに1984年には日本学士院会員に就任されているが,2001年から2007年までの6年間はその第23代院長を務められた.学会活動では数多くの役職を歴任されたが,国内では日本化学会会長に就任され(1981年),国際的には世界の化学分野を喜寿のお祝いでまとめる国際純正・応用化学連合(IUPAC)の会長に日本人として初めて選任された(1981年).これらの活動が評価されて,数多くの国で科学アカデミーの会員やその名誉会員に推挙された.本学会創設時には,日本の結晶学の発展を目指して,関連する学問分野の著名な先生方に名誉会員として参加していただき,会の運営方針などに助言を求めてきた.化学系では森野米三先生に続いて長倉先生にご参加をお願いして,貴重なご意見を賜ったと聞いている.筆者は大学院生のときに長倉先生の分子軌道論の講義に深く興味をもった.また当時は物性研究所の齊藤喜彦先生の研究室に所属していたので,電荷移動型分子間化合物の結晶構造を解析して結晶構造と電荷移動の相関を明らかにするというテーマで研究を始めた.当時の貧弱な実験設備と解析法のため,最初の結晶構造解析に2年がかりの苦労をしたが,解析された結晶内で電子供与体分子と受容体分子の存在領域の電子密度を積分することで,電子が確かに供与体から受容体に移動していることを定量的に明らかにした.長倉研のセミナーでその結果を報告したことが懐かしく思い出される.50年以上も昔のことである.長倉先生は戦後の荒廃の時代から始まって,1960年代から1990年代までの40年以上にわたって,数多くの国内の著名な研究機関の創設に活躍され,また指導的な立場でその発展に寄与されてきた.長年にわたってその超人的なご活躍と研究に対する情熱に深く感謝しています.心からご冥福を祈ります.(名誉会員大橋裕二)201