ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
小松一生ている.69)ごく最近,筆者の研究グループのYamaneらは,これらの論争の原因が,各種測定が常圧に回収された試料に対して行われていることにあると考え,高圧下その場誘電率測定および中性子回折実験を行った.その結果,β-XVに対応すると思われる新たな秩序相の証拠を発見した.この結果は現在arXivに掲載されており,70)学術誌への掲載に向けて査読を受けている段階であるが,もし新たな秩序相と認められれば,新たなローマ数字が付与されて氷XIXとなる.*7氷VIとその秩序相に関する論争の詳細および氷XIXの発見については,別の機会に紹介できれば幸いである.3.3氷VII,VIII,X氷多形は驚くべき構造多様性をもつが,2 GPa以上の圧力になると,水分子の配置がbcc構造となる氷VII,VIII,Xと,つい最近発見されたfcc構造の氷XVIIIのみとなり,その構造多様性は影をひそめているように見える.しかしながら,一見単純に見えるこれらの構造にも不明な点は数多く残されており,実際,数ある高圧氷多形の中で,氷VII,VIII,Xに関する研究は最も多い.本稿では以下の3つのテーマに絞って紹介したい.3.3.1氷VIIの10 GPa異常氷VIIは2 GPaから60 GPaまでの広い圧力領域で安定であり,この圧力領域の中では,氷VIIは明瞭な構造変化を示さずbcc構造を保っているように見える.しかし,さまざまな実験結果がおよそ10 GPaを境に低圧側と高圧側で異なるトレンドを示すことが知られていた.例えば,電気伝導度71)や水素の拡散係数,72)X線照射による水分子の解離速度73)が10 GPa付近で最大となることや,ラマン散乱スペクトルのピークが10 GPa付近で最もシャープになること,74)また,X線回折のピークは逆に最もブロードとなること,75)などである.この10 GPa付近の異常な振る舞いの起源については,最近まで明らかになっていなかった.最近筆者らは,氷VIIとその秩序相である氷VIIIに着目し,この秩序-無秩序相転移の速度が10 GPa付近で最も遅くなることを発見した.58)そしてこの現象が,加圧によって水分子の回転運動が遅くなると同時に,隣接する酸素分子への水素の移動が速くなる,というモデルで説明できることを示した.このシナリオ自体は,従来の電気伝導度や水素拡散,X線照射の研究などでも提起されていたものであるが,71-73)低温高圧その場中性子回折を用いて,水素の運動と氷の結晶構造を直接結び付けることに成功したことは,大きな進展と思われる.*7本誌既報64)では,氷VIの新たな秩序相が見つかった場合でも,新しいローマ数字は付与せず,β-XVの名称を使い続けることを提案していた.しかし,β-XVでは,真に存在が確認された結晶相であるかどうか紛らわしいという指摘があったため,新たなローマ数字を提案することとした.3.3.2イオンを含む氷VII,VIII水がさまざまな塩を溶かして水溶液を作るのに対し,氷I hと塩とは互いにほとんど固溶しない.しかし,高圧下で安定な氷多形と塩との反応については,実際にそれらが存在する氷天体の構造モデルへの応用などに重要な情報であるにもかかわらず,驚くほど研究例が少ない.おそらく,氷と塩とは固溶しない,という常圧下での“常識”が研究の足かせになっていたのではないかと思われる.2009年,Klotzらは,塩化リチウム水溶液を低温でガラス化させ,100 Kで4 GPaまで加圧した後に昇温させると,塩化リチウム(のイオン)を高濃度に含む氷VII様の氷(salty ice)が生成することを示した.76)Klotzらは,さらに2016年に,塩化リチウムおよび臭化リチウム水溶液が,ガラス化する最大濃度である水和数5.6に調整した試料を出発物質に用いて,同様の圧力パスで中性子回折実験を行い,同濃度の塩をリチウムイオンおよび塩化物/臭化物イオンの形で取り込んだ氷の合成に成功した.77)彼らは,このようにイオンを高濃度に取り込んだ氷中の水素結合ネットワークは,そのほとんどがイオンによって破断されているという,ほかの氷多形にはない異常な状態にあることを分子動力学シミュレーションから示した.さらに,このイオンを含む氷は,同条件における純粋な氷VIIに比べて最大18%も体積が大きく,低温下で常圧に減圧すると,最初に冷却して得られたガラスとは明らかに異なる状態のガラスが得られるなど,興味深い特異性をもっていることを示した.また,Watanabeらは,1 mol%以下のわずかなMgCl 2が氷VII中に取り込まれることによって,氷VII-VIII相転移の温度が有意に低下することをX線回折から示した.78)相転移温度は温度サイクルによって変動せず,このことは,氷VIII中にもイオンがそのまま取り込まれていることを示唆している.このようなイオンを含む氷の構造や物性については,最近研究が始まったばかりであり,イオン種の違いや,氷VII以外の氷多形への取り込み,高密度アモルファス氷(HDA)や低密度アモルファス氷(LDA)との関連など,未知の問題が多く残されている.3.3.3氷X第1章で述べたように,氷VII中の水素結合が対称化する可能性は,KambとDavisが1964年に報告した最初の氷VIIの構造解析の論文中ですでに指摘されている.22)分光学的な実験によると,対称化する圧力,すなわち氷VIIから氷Xへの相転移圧力は,H 2Oで60 GPa,D 2Oで70 GPa程度であり,大きな同位体効果が表れている.20,21,79)また,理論的には,水素結合が対称化する直前に,水素結合上の二極小ポテンシャルの間で,プロトンがトンネル効果によりエネルギー障壁をすり抜けることが予想されている.80)同位体効果を説明する機構としてもプロトントンネリングは有力であるが,残念ながら中194日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)