ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
小松一生図2Mito systemの概略.(Schematic drawing of Mito system.)最近では,40 GPa程度の圧力までは,パリエジンバラプレスを用いて中性子回折実験が行われるようになってきた.37,38)一方,Goncharenkoは,より高圧での磁気秩序の探査のために,中性子回折用のダイヤモンドアンビルセルを開発し,1997年に51 GPaまでの中性子回折実験に成功している.39)この圧力は,長らく中性子回折実験としての世界最高圧力であったが,2013年,Boehlerらによって,ダイヤモンドアンビルセルを用いて氷VII(氷X?)の94 GPaまでの回折パターンが得られたことで更新された.40)2000年代になると,大強度陽子加速器施設J-PARCの建設が始まり,日本でも高圧中性子回折実験を行う機運が高まってきた.国内では,大型のマルチアンビルプレスと放射光を用いて高温高圧実験を行うユーザーが他国に比べて多く,そのような日本の特色を活かした形で,高温高圧下での中性子回折実験を行うことが目標となった.およそ10年に及ぶ関係者の努力が,J-PARCの物質生命科学実験施設にある高圧中性子ビームラインPLANET(BL11)という形で結実した.41-44)PLANET建設の歴史については装置責任者である服部らによる記45事)に詳しいので,最近PLANETを知った方には,ぜひご一読いただきたい.PLANETでは,高温高圧実験を行うための大型6軸プレス(通称「圧姫」46))に加え,筆者らが開発したさまざまな温度圧力条件を発生できるMitosystem 47,48)(図2)や,超高圧まで発生可能な多結晶ナノダイヤモンドを用いた圧力セル49)など,多様な高圧デバイスが用いられている.Mito systemは,現在0~15 GPa,35~400 K程度までの範囲を自在に制御することができるが,到達可能な温度圧力範囲は年々拡張されている.氷多形には準安定相も多く,狙った相を生成させるには温度と圧力をともに精密に制御する必要性があったことが,Mito systemを開発したそもそもの動機であった.48)高圧中性子実験技術全般については,2012年に発刊50されたKlotzによる著書)に詳しい.一方,2012年以降のこの分野の発展については上述したように日本からの貢献が大きい.高圧デバイスそのものの技術に加えて,PLANETでは,微小な試料に中性子を集光する技術51)や,試料以外の散乱を抑えるラジアルコリメーター42)が採り入れられたことも,特筆すべきであろう.これらの技術によって,PLANETでは,高圧下でも常圧実験と遜色ないデータが得られるようになった.高圧下での中性子回折を用いた結晶構造解析と言えば,これまでは粉末中性子回折がほとんどであった*3が,ここ数年,国内外で相次いで単結晶中性子回折用の圧力セルが開発されている54-57)ことは注目すべき動向である.単結晶回折では,あるブラッグ反射が特定の立体角に集中するため,粉末回折と比べると立体角あたりの散乱強度は桁違いに強い.このため0.5 mmを下回るような微小な試料からでも十分な散乱強度が得られる.49,56)現在多くのグループで単結晶中性子回折のための技術開発が進められている背景として,100 GPaを超えるような超高圧下での中性子回折実験や,粉末回折では困難な複雑な結晶の構造解析へのニーズの高まりがあるのだろう.今後,高圧下単結晶中性子回折が普及することで,物性や地球科学分野が中心であった高圧中性子コミュニティが化学・生物分野を含めた広範囲の学問分野に拡大していくことが期待される.3.高圧中性子回折を用いた氷多形の研究例本章では,現在までに行われた氷多形の研究のうち,高圧中性子回折が用いられたものを中心に取り上げる.中性子回折が特に威力を発揮する問題として,秩序-無秩序相転移の問題がある.そこで,各氷多形を同じ水素結合ネットワークをもつものに分類する(表1).一般的には,氷多形は秩序相と無秩序相とのペアとして考えることが多いが,実は完全な秩序状態や,完全な無秩序状態のほかに,その中間的な部分秩序状態も存在する.Kambは氷多形を秩序相,部分秩序相,無秩序相の3種類に分類した15)が,本稿でも基本的にKambにならって分類する.また,氷Xや氷XVIIIが該当する(超)イオン状態はこの枠組みでは分類できないため,別枠とする(表1).筆者自身は,初見のわかりやすさから秩序相と無秩序相のみに分類することも多いが,より厳密な議論を行うときには,部分秩序相を含むことにしている.3.1氷V,XIII氷Vは,氷IIIと氷VIとの中間の圧力領域で安定な氷多形である.氷Vの空間群はA2/aであり,59)その水素配置は,従来無秩序と考えられていたが,Lobbanらによる広範な温度圧力での中性子回折実験によると,すべての*3磁気秩序の探査には,従来から単結晶試料が用いられることが多かった(例えば文献52)など)が,結晶構造解析を目的とした単結晶中性子回折実験はわずかな研究例(例えば文献53))があるのみであった.192日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)