ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
高圧中性子回折実験が氷多形の研究にもたらしたもの誘電率測定によるものであるが,その後,Tajimaらの比熱測定11)により,さらに鮮明な相転移が観察され,続くMatsuoらによるD 2O氷に対する同様の相転移を報告した論文12)において,氷XIと命名されることになった.なお,1980年代までの氷多形に関する研究については,優れた総説13-18)や教科書16)があり,ほとんどの関連研究はそれらからさかのぼって調べることができる.1996~1997年には,3つの研究グループが,氷VII中の水素位置が水素結合を形成する酸素間の中心に位置する,いわゆる水素結合の対称化が起こることで氷Xとなることを,赤外およびラマン分光法によって明らかにしている.19-21)興味深いことに,氷VII中の水素結合が対称化する可能性については,KambとDavisによる氷VIIの最初のX線回折の結果である1964年の論文中ですでに述べられている.22)今世紀に入ってから,氷多形の発見のペースが明らかに加速していることが図1から見てとれる.これは,水素の配置に敏感な中性子回折実験が高圧下,あるいは高圧で合成した少量の試料でも行えるようになったことが大きく影響している.事実,氷XIIから氷XVIIまで,6つの多形が高圧を利用した中性子回折実験から発見されている.氷XIII,XIV,23)XV 24)は,それぞれ氷V,XII,VIの秩序相であるが,氷XIの秩序化にも用いられた酸や塩基をドープするという手法を中性子回折とともに用いたことがこれらの多形の発見につながった.2014年にFalentyらによって報告された氷XVIは,高圧でネオンハイドレートを合成したのちに,それを低温下で真空にさらすことでネオンをとりさるという,それまでの氷多形の生成法とはまったく異なる方法で作られた.25)ガスハイドレートはゲストの気体分子によって構造が安定化されているため,ゲストが抜ければホストの構造も壊れてしまう,というのがこれまでの常識であったが,その常識を覆したという意味でも,Falentyらの論文は衝撃的であった.続く氷XVIIは2016年にdel Rossoらによって報告されたが,氷XVIIも氷XVIと同様のアイデアで,水素ハイドレートから水素を抜くという操作によって得られた.26)さらに最近,水素ハイドレートから水素を抜くという操作によって,筆者らは積層不整のない氷I cが合成できることを報告した.27)本稿では誌面の都合上詳しく取り上げないが,別の機会に紹介できれば幸いである.最も直近で発見された氷多形は,2019年にMillotらによって報告された氷XVIIIである.28)彼らは,100 GPa,2,000 Kを超えるような極端な高温高圧条件をレーザー*1水素の占有率は,完全な秩序状態なら0か1,完全な無秩序状態なら0.5となるが,氷多形には,その中間の秩序状態(部分秩序状態)となる相も多い.例えば,氷I hの完全な秩序状態は見つかっておらず,氷XIは厳密には部分秩序相ととらえるべきである.日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)駆動の衝撃圧縮実験によって作り出し,X線回折によってその構造がfcc構造であることを決定した.*22000年以降の研究の進展については,Salzmannが2011年に発表した「氷多形:5つの未解決問題」と題する総説29)が非常に参考になる.2019年にもSalzmannは最近の研究の成果について総説をまとめている.30)本稿では,次章において,この20年の氷多形研究に重要な役割を果たした高圧中性子回折の実験技術の進展について紹介し,第3章では,膨大な氷多形の研究の中から,主に高圧中性子回折技術が用いられているものを取り上げた.2.高圧中性子回折の実験技術の進展高圧と中性子という2つのキーワードの間には,常に中性子源の強度の弱さという壁が存在する.高圧中性子回折実験を行うには,大容量の試料に対し,大きな過重がかけられる圧力セルを,中性子分光器室の限られたスペースに設置する必要がある.ピストンシリンダー型の圧力セルは3 GPa弱程度の圧力まで加圧できる装置としては比較的大容量の試料を封入できる.Blochらは中性子に対して透過率の高いアルミナをシリンダー材として用い,さらにアルミナを外側から締め付けることで高い過重でも使用可能な圧力セルを開発した.31)Kuhsらは,この圧力セルを用いて氷VI,VII,VIIIの粉末中性子構造解析を行った.32)Kuhsらの実験は,1 GPa以上の高圧下で氷高圧相の中性子回折実験を行った最初の例であり,金字塔的な意味合いをもつばかりでなく,氷VII中の酸素の詳細な確率密度分布など,現在でも議論になるような重要な結論を導いている.しかし,得られた回折パターンには,試料からの散乱を覆い隠すように,シリンダーに用いたアルミナからの強い散乱が混じっており,光学系や圧力セルとしての技術的問題は残っていた.1990年代になって,パリ-エジンバラプレスと呼ばれる,小型(15~50 cm)にもかかわらず高過重(50~250 ton)を発生できる,まさに画期的な圧力発生装置が開発された.33)パリ-エジンバラプレスは対向型のプレスであるが,アンビルにトロイダル形状の窪み34)をつけることで,大容量試料を加圧することができる.パリ-エジンバラプレスは加圧軸方向から中性子を入射して,加圧軸に垂直な面内で散乱する中性子のみを観察すると,ほぼ試料のみからのシグナルを得ることが可能である.このような光学系は核破砕型の中性子源と相性が良く,英国ISISでパリ-エジンバラプレスは定常的に利用されるようになり,多くの成果を生むようになった.35)パリ-エジンバラプレスの開発者であるKlotzらは1995年に26 GPaまでの氷VIIの中性子回折測定を行った.36)*2驚くべきことに,このfcc構造も半世紀以上前のKambとDavisの論文22)に,仮想的な構造として登場している.191