ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

日本結晶学会誌62,190-197(2020)70周年記念ミニ特集(1)歴史編高圧中性子回折実験が氷多形の研究にもたらしたもの東京大学大学院理学系研究科小松一生Kazuki KOMATSU: Ice Polymorphs: Revealed by Neutron Diffraction under PressureFor recent two decades, a much greater understanding of crystal structures of ice polymorphshas developed owing to neutron diffraction under high-pressure. Here I review a brief history forthe discoveries of ice polymorphs, technical developments of high-pressure neutron diffraction, andrecent achievements for ice polymorphs. Remained open questions are also discussed.1.はじめに-氷多形の発見小史氷には少なくとも19種類もの多形が存在することが確認されている.今から120年前の1900年,Tammannは,ピストンシリンダーを用いた高圧実験により,氷の融点や密度を詳細に調べ,通常の氷とは異なる氷多形である氷IIおよび氷IIIを発見した.1)以降,通常の六方晶系の氷は氷I(後にダイヤモンド型構造をもつ立方晶系の氷I cが見つかって以降は氷I h)と呼ばれるようになり,ほかの氷の多形は,“ほぼ”発見順にローマ数字が振られることになる.“ほぼ”と条件をつけるのは,時折発見の順番とローマ数字の順番が前後することがある,ということである.例えば,氷IVの最初の報告は1935年のBridgmanによるものであるが,2)Bridgmanは1912年に氷V,VIを先に報告している.3)これは1900年のTammann1)の論文中で,氷II,III以外に別種の氷の存在が示唆されていたためであり,Bridgmanはこの別種の氷が後で見つかったときのために,1912年の段階では氷IVを空番としておいたのである.3)氷IVは「火の玉かおばけのような氷(will-o’-the-wisp, a tentative, ghostly form of ice)4)」と呼ばれるほど不安定で,きわめて稀にしか出現しない相だが,氷IVが存在すると信じたBridgmanの直感には脱帽するしかない.しかし,近年では,このような「存在するかもしれない」氷は無数に提案されている.例えば,氷中の水素結合のトポロジーとゼオライトのトポロジーとの類似性から,計算上74,963種類もの氷の可能な構造が提案されている.5)たとえこれらの仮想的な氷が将来発見される可能性があるとはいえ,これらすべてにローマ数字をつけることは大きな混乱を生む.実際,あいまいな実験結果や計算のみによる結果から新たなローマ数字を割り振った過去があり,同時期に複数の異なる相が同一のローマ数字で呼ばれるという混乱が生じた.4)現在では,実験的手法によって結晶学的に(あるいは少なくとも分光学的に)確実に同定された結晶相に対してのみローマ数字を割り振ることになっている.4)図1に,氷多形が発見された年と,その際用いられた実験手法をまとめた.TammannおよびBridgmanによる熱力学的な手法により氷I h,II~VIIまでが発見され,1-3)次いで,氷I cがKonigによって,金属基盤の上に水蒸気を導入して急冷してできた氷の電子線回折から見出されている.6)氷I cについては,Konig以前にもその存在が示唆されていたようである.特に,BurtonとOliverの論7文)は,やはり急冷した氷のX線回折パターンを報告しており,低温でアモルファス氷が存在することや,現在の知見で見れば氷I cと見られる回折パターンを示している.しかし,この回折パターンが新たな氷(氷I c)のダイヤモンド型構造に由来することにはBurtonとOliverの論文中では言及されておらず,氷I cの発見はKonigが最初ということになっている.1960~1970年代には,水素の配置が秩序化した氷VIII,8)IX,9)XI 10)(それぞれ氷VII,III,Ihの秩序相)が,誘電率測定から見出されている.氷*I hの(部分1)秩序相である氷XIについては,最初の報告は1972年のKawada 10)によるKOHをドープした氷の図1氷多形の発表年と実験手法.(Discovered year of icepolymorphs and the corresponding experimentaltechniques.)190日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)