ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

中川敦史3.3より精密な構造3つ目の座標軸である「より精密な構造」であるが,生体反応を含めて化学反応は電子の相互作用によるものであり,超高分解能の構造解析により,結合電子などを直接観測できれば,真の意味で「化学の言葉で生命現象を語ることができる」可能性を秘めている.X線結晶構造解析は,多様な構造をとる分子の構造解析は得意としていないが(このような系では,現時点ではクライオ電子顕微鏡による単粒子解析が最適な手法である),一方で,(結晶場に束縛された状態ではあるが)高分解能の均一な構造を得ることができるという特長をもっている.我が国においても,SPring-8 BL41XUを利用して0.48 Aという超高分解能のデータを用いて結合電子などを可視化した例も報告されている.19)このときのデータ収集にはλ=0.45 Aという短波長のX線を用いており,SPring-8のような高エネルギー放射光リングが利用できるようになって初めてデータ収集が可能となったと言える.3.4生体内で働く状態の構造月原先生によれば,動的構造解析も広い意味での「より精密な構造」解析に分類されるが,11)ここでは,放射線損傷のない構造解析や室温での構造解析とあわせて,「生体内で働く状態の構造」解析として,近年の革新について簡単にまとめたい.高輝度放射光の利用によりX線結晶構造解析は大きく進歩してきたが,一方でX線照射による損傷の回避も大きな問題である.100 K以下の低温条件下でデータ収集を行うことで放射線損傷を大幅に軽減することができるが,放射線損傷を(無視できるほど小さくすることができる場合もあるが)なくすことはできず,特に小さな結晶からのデータ収集では1つの結晶からフルデータセットを取ることができない場合も多い.2000年に,シミュレーションにより,フェムト秒オーダーのパルスの強力なX線を利用することができれば,「構造が壊れる前にデータ収集を行い(Diffraction before Destruction)」,放射線損傷を受けない構造解析ができる可能性が示された.20)これを受けて,強力なX線パルスビームをつくることができるX線自由電子レーザーの開発が進み,2009年に稼働を開始した米国SLAC国立加速器研究所のLCLSに引き続いて,2012年に我が国においてもSPring-8サイトにおいてSACLAが稼働を始め,タンパク質結晶学の分野で数多くの成果が得られてきている.現在のX線自由電子レーザーでは,原子分解能での単粒子解析(Coherent Diffraction Imaging:CDI)を行うには十分なパルス強度が得ることができないが,1結晶について1ショットの回折像を得ることを膨大な数の結晶に対して行い,それらを合わせることで1つのフルデータセットとする,シリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX)が21開発され,放射線損傷のない構造解析)や動的構造解図6析22)など,新たな構造解析手法による素晴らしい成果が次々と挙げられてきた.また,水溶性ポリマーによってタンパク質結晶を薄くコートし,精密に温度と湿度を制御した気流下に結晶を置くことによって,凍結させず,かつ任意の温度でのX線回折測定を可能とするHAG法23)も開発され,生体内での状態に近い室温条件下での構造解析も行えるようになってきた.4.最後に生命現象の理解や創薬にとって,タンパク質の立体構造情報の重要性が認識され,またさまざまな結晶学の方法論の進歩に伴って,多様な構造が精度良く短時間に決定されるようになってきた.一方,結晶を作ることなく,構造解析できるクライオ電子顕微鏡による単粒子解析の技術は,日々進歩してきており,生体超分子量の大きなタンパク質や生体超分子複合体の構造解析の主流となっていくことは間違いない.しかし,精度の点ではX線結晶構造解析のほうが有利な点も多く,また電子密度を可視化できるという特徴を活かした解析法の開発も望まれる.今後,従来の結晶学にとらわれない新しい分野を切り拓く研究を進めていかなければならないと考えている.高分解能の構造解析数の推移.(Number of highresolutionstructures.)文献1)高良和武:日本結晶学会誌42, 260(2000).2)坂部知平,坂部貴和子:日本結晶学会誌42, 315(2000).3)J. Miyahara, K. Takahashi, Y. Amemiya, N. Kamiya and Y. Satow:Nucl. Instrum. Method 246, 572(1986).4)Y. Amemiya et al.: Nucl. Instrum. Method 266, 645(1988).5)C. -I. Branden and T. A. Jones: Nature 343, 687(1990).6)A. T. Brunger: Nature 355, 472(1992).7)R. A. Laskowski, M. W. Macarthur, D. S. Moss and J. M. Thornton:J. Appl. Crystallogr. 26, 283(1993).8)N. Ban, P. Nissen, J. Hansen, P. B. Moore and T. A. Steitz: Science289, 905(2000).9)B. T. Wimberly et al.: Nature 407, 327(2000).10)F. Schluenzen et al.: Cell 102, 615(2000).11)月原冨武:日本結晶学会誌42, 310(2000).188日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)