ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
中川敦史い回折強度データ収集を可能とした.さらに幸運なことに,それまで使われていた精度は高いがデータ収集効率の悪い0次元検出器であるシンチレーションカウンターや,データ収集効率は高いが精度の低いX線写真フィルムや多線式比例検出器(MWPC)などに比べて,格段に優れた性能を示すイメージングプレートが同時期に開発されたことで,3),4)回折強度データ収集の時間が大幅に短縮され,測定精度が大きく向上した.この時期は,いわゆるメインフレームと呼ばれる大型計算機から,ワークステーションへの移行期であり,VMSやUnix上で動く,PROTEIN,PHASES,XtalView,CCP4,X-PLOR,SOLVE/RESOLVEなどの解析ソフトウェアパッケージやFRODO,Oなど三次元グラフィックスを使ったモデルビルディングのソフトウェアが開発され,それ以前のソフトウェアのように,空間群ごとにサブルーチンを書き換えたり,分子量(原子数)に合わせて配列を大きくしたりといった,プログラミングの(簡単ではあるが)スキルを必要としないでも構造解析ができるような下地ができた.さらに,当時の技術的な限界により間違った構造解析が何例か報告されたことからvalidationの重要性が指摘され,5)その指標としてFree-R 6)やRamachandranPlot Outlier 7)などが提案された.このような試料調製法やデータ収集の技術開発,解析ソフトウェアの進歩が進んだことで,この時代にタンパク質結晶学は大きく発展した.2000年にはリボソームサブユニットの構造が報告されたことは,8)-10)X線結晶構造解析の歴史の中でも1つの金字塔であり,無限の可能性が示されたと言っても過言ではないであろう.3.タンパク質結晶学の円熟期(2000年以降)2000年に発行された日本結晶学会誌50周年記念号に,月原冨武先生がタンパク質のX線結晶構造解析の3つの座標軸として,「多様な構造」,「より複雑な系を作る構造」,「より精密な構造」を示された.11)この20年間のタンパク質結晶学は,この3つの座標軸に添って進んできたと言ってよいであろう.3.1より多様な構造1990年代にDNAの塩基配列決定のための技術が飛躍的に進歩したことで全ゲノム解析プロジェクトが始まり,2000年にヒトゲノムのドラフト版が,2003年には完成版が報告された.このことは,遺伝子組換え技術を使うことで,あらゆるタンパク質を作り出すことができ,その原子構造を決定できる基盤が整ったことを意味していた.同時期には,タンパク質の立体構造情報の重要性が認識されてきたことから,「多様な構造」がより強く求められることになった.そこで,2000年代初頭から,欧米を中心として,タンパク質の構造を網羅的に決定することを目指す,構造ゲノムプロジェクトが開始された.我が国においても,2002年度より「タンパク3000プロジェクト」が開始され,5年間に,X線,NMRを合わせて3,000を超える数のタンパク質の解析が行われた.DNAと違い多様性に富むタンパク質分子の構造解析は,ゲノム解析と違いルーチン化や自動化は(少なくとも現時点でも)不可能であるが,構造ゲノムプロジェクトは,X線結晶構造解析のさまざまなステップでの方法論や技術開発を加速し,構造解析の迅速化や省力化を大きく進めた.結晶化については,さまざまな種類のタンパク質の結晶化条件が蓄積され,その知識に基づいて新しい結晶化スクリーニングキットが次々と市販されるようになり,さらに,結晶化のための微量分注ロボットや結晶観察システムがさまざまなメーカーにより開発された.構造解析のソフトウェアも,PHENIX,CCP4i,CCP4i2など構造解析パイプラインを組み込んだGUIベースのものが開発された.タンパク質結晶学のさまざまな基本技術が大きく進展したことにより,結晶学を専門としない研究者でも構造解析が可能となり,裾野が大きく広がった.「多様な構造」解析が行われ,構造解析数と種類が増えたことと,分子置換法のソフトウェアの進歩によりサーチモデルの「類似性」が低くても分子置換法の解が得られるようになってきたことなどにより,2011年以降70%以上の構造が分子置換法により決定されるようになった(図2).1997年に大型放射光施設SPring-8の共用が開始され,最初の2本の共用ビームラインのうちの1本(BL41XU)がタンパク質結晶構造解析用ビームラインとして利用可能となった.12)また同時期に理研ビームラインとしてBL45XU 13)とBL44B2 14)が,引き続いて蛋白研ビームラインBL44XU 15)が建設され,Photon Factoryの構造生物学ビームラインとともに多くの成果が挙げられてきた.現在,SPring-8に7本[BL26B1/B2(迅速データ収集),図2 2000年前後での解析方法の変化.(Structure determinationmethods used before/after 2000.)2001年以降分子置換法による解析が8割近くを占めている.186日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)