ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

50年前の学生の見た蛋白質結晶学発展の歴史よくとっていくこの方法は,低分子結晶のデータ収集には理想的であっても,逆格子が密で,時間とともに壊れていく蛋白質結晶にとっては,必ずしも理想的とは言えなかった.4軸回折計の欠点は,1反射ずつしか記録できない非効率性と,特に高角の反射では近傍の反射との分離が難しいことにあった.X線フィルムは,感度こそ落ちるが,二次元検出器として記録するので,一度にたくさんの反射が記録でき,また近傍の反射と分離して記録することも比較的易しい.特に格子が大きい場合には,このメリットは大きかった.このため,欧米では,比較的早い時点で,蛋白質結晶の回折データ収集は,一見,前近代的なX線フィルムを使って行われるようになっていた.80年代半ばになって放射光が普及し,また巨大蛋白質が解析の対象になってくると,4軸回折計の欠点はますます鮮明になってきた.その頃になると日本でもようやくX線フィルムへの回帰が始まった.特筆すべきは,坂部カメラ(巨大ワイセンベルグカメラ)である.坂部知平先生設計の,この装置は,結晶軸を立て,多層スクリーンを入れてデータをとるように開発されたものだったが,欧米でスクリーンレスでのデータ収集法を経験した者たちは,坂部カメラを,スクリーンを入れずに使った.スクリーンを入れることのメリットは,反射の重なりがなくなる,指数付けがしやすい.そしてもちろん,バックグラウンドが減少することにある.一方で,効率の面では,結晶軸を立てずに,スクリーンレスで記録したほうがずっとよい.80年代半ばに,富士フイルムが医療用に開発したイメージングプレート(IP)がX線回折データ収集に使えることがわかると,坂部カメラにIPをマウントして,スクリーンレスで使うデータ収集法が確立した.この方法は,日本で生まれた世界的なデータ収集技術として日本の蛋白質結晶学を牽引した.一方,世界的には,マルチワイヤ型の検出器,TV型検出器,CCDなど,さまざまな検出器の開発が続けられ,現在の光子計数型検出器へと続く.IPの欠点は,X線フィルムと同様,いったん蓄積したデータを後で読み出すための時間を要することにある.第3世代の放射光施設が建設され,放射光がさらに高輝度になると,読み取りに時間がかかるIPが放射光で使われることはなくなった.またデータ読み出しが高速になるにつれて,1フレームの回転角は短くなっていった.第3世代放射光の低エミッタンス特性とも相まって,S/Nは飛躍的に改善され,極微小結晶を使ってのデータ収集が可能になった.1フレームの回転角を短くすると,部分反射が増えることが問題とされた時代を知っている者にとっては隔世の感がある.8.消えていく歴史の断片この50年で蛋白質結晶学の方法論はすっかり様変わりした.今では結晶さえ得られれば,構造は決まったようなものだ.放射光施設で回折データをとり,プログラムに通せば空間群も格子定数も,さらには電子密度や分子骨格さえも得られてしまう.当然ながら,蛋白質結晶学は,この現状に向かって一直線に進んできたのではなく,埋もれてしまった多くの試行錯誤を踏み台にしてきた.本稿では華々しい歴史に埋もれてしまいそうな断片にも光をあてながら,その発展を振り返った.技術の発展とともに一世を風靡した装置すら消えていくのは致し方ない運命である.そのような装置の例を1つ挙げるなら,躊躇なくプレセッションカメラを挙げたい(図2左).プレセッションカメラは,蛋白質結晶の格子定数や空間群を決めるのに,また同形置換体を探すためにも,長い間,なくてはならない装置であった.今ではほとんど使われていないだろう.全国に何台残っているか知らないが,ぜひとも後世に残して欲しいカメラである.プレセッションカメラは逆格子の形をそのまま見ることができる.可能なら,このカメラを使って晶系や空間群を自分で決めてみるがいい.例えば,空間群P2 12 12 1の結晶の0層を撮れば,点群(ラウエ群)mmmに由来する2つの鏡映面と,2種類の21らせんの消滅則が見える(図2右).P4 12 12の結晶の(hk0)面には,消滅則に加えて,点群4/mmmの,4回軸と2種類の鏡映面がきれいに図2プレセッションカメラとそれを利用して撮影した(h0l)面の回折写真(空間群P2 12 12 1).(A precession cameraand a photo of(h0l)plane.)日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)183