ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
50年前の学生の見た蛋白質結晶学発展の歴史すれば,80年代より前に解析された蛋白質の数は,ほとんどゼロに等しいような状態になってしまう.実際,70年代には,蛋白質構造解析の論文は,J. Mol. Biol.のような生化学雑誌の中に,ほかの多くの論文に混ざって,ごくたまに見られる程度だった.一般の生化学者にとっては,蛋白質の構造解析は進捗があまりに遅すぎて,共同研究を始めるのを躊躇するような科学だったと思う.結晶学を学び始めてすぐに,結晶学には「位相問題」という難問があることを知った.しかし,蛋白質結晶については,ヘモグロビン,ミオグロビンの解析で,同形置換法が使えることが示されていた.結晶の中に重原子が染み込んで特定の位置に固定されるという,ありそうもない現象を利用して,実際にヘモグロビン,ミオグロビンの構造が解かれたのだ.そんな画期的な話を聞いたとき,そして,低分子でさえそれ以上にすばらしい解析法はないときに,それ以上のやり方で,何万とある反射の位相を決めるための方法があるとは,あるいはそれを探そうとは,夢にも思わなかった.蛋白質構造解析研究者のやるべきことは,ひたすら有効な同形置換体を探すことだと思っていた.4.結晶化装置の発展今日の蛋白質結晶学の隆盛を支えている技術の1つに蛋白質の大量発現技術があるのは疑いもない事実であるが,同時に,微量結晶化技術の発展も大きい.50年前に研究室で教えてもらった蛋白質の結晶化法は,試験管の中の蛋白質溶液に硫酸アンモニウムを少しずつ溶かしていき,白濁させた溶液の中から結晶が成長するのを待つ,今で言うバルク法であった.何年か後,カバーグラスに液滴をぶら下げるハンギングドロップ法のアイデアを知ったときには感動した.蛋白質の結晶化の成功率を飛躍的に高めたのは,90年代はじめに出現した結晶化溶液キットである.実績のある結晶化溶液組成の組み合わせを商品化したものであるが,今では多くの商品が生まれており,最初に試すべき手段となっている.結晶化がたくさんの条件を試す試行錯誤実験であることから,当然の帰結なのかもしれないが,データベースを作ることの重要性を知らされた.結晶化キットのその後の発展は,サイエンスの勝利というよりもベンチャービジネスの勝利のように思える.近年は,微量の溶液を使って結晶化するロボット化した装置が出回っているが,ここでは故渡邉信久氏と取り組んだ結晶化チップについて少し触れたい.振興調整費の萌芽研究に採択され,ある企業と組んで3年間取り組んだ.沈殿剤を染み込ませたゲルで満たした中空糸を束にしてチップ化し,そこに蛋白質溶液を上から一滴落とすだけで,何十種類もの条件が一度に試せるという計画だった.3年間の苦労の末に,100種類の結晶化溶液日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)図1開発した結晶化チップ(2003).(Crystallization chipdeveloped in 2003.)を2 cm四方のチップに封じ込めることに成功し,世界初の「蛋白質結晶化チップ」のプロトタイプ(1条件50ナノリットル,100条件のデバイス)を完成させた(図1).しかし,評価委員会では,実際に適用できた蛋白質がないという理由から,あまり評価されず,このプロジェクトは終わってしまった.今でも,もう少し頑張れば実用に足るものが生まれたのではないかとの心残りがある.5.計算機環境の発展現代の学生は,何の違和感もなくパソコンを使って蛋白質の構造解析を行っているが,それはとてつもなくすごいことで,50年前にはまったく予想もできなかったことだ.当時から計算機は着々と進歩していたので,計算機が速くなるだろうとの予感はあったのだが,思い描いていた未来は,計算を依頼したらすぐに結果が返って来る大型計算機であった.70年代の計算機センターに,今で言う「端末」が設置され,それを使ってプログラムを書いたり計算を依頼したりすることができるようになり,80年代にワークステーションや3Dグラフィクスが出現し,90年代にはそれが普及して各研究室のもつコンピュータで解析ができるようになった.メールやインターネットが普及したのもその頃である.はじめて電子メールが登場したときには,便利であることに感激しながらも,誰がお金を払っているのか,その内に有料になるのかと,もっぱら噂した.インターネットに至ってはさらに驚きで,ほとんど自分の思考を超越しているとさえ感じた.計算機の高速化はある程度予想されていたので,50年前には蛋白質の構造はその内には計算で予測できるようになるだろうと漠然と思っていた.しかし現時点でも,蛋白質の立体構造をアミノ酸配列情報のみから計算で求めることは依然として難しい.その一方で,解析法が進歩することに伴って,蛋白質の基本構造の多くが決定され,立体構造予測は既知の構造を参照することで信頼度の高いものが得られるようになっている.発展の順序がこのようになるとは思いもかけなかった.もちろん「蛋181