ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

日本結晶学会誌62,180-184(2020)70周年記念ミニ特集(1)歴史編50年前の学生の見た蛋白質結晶学発展の歴史北海道大学名誉教授田中勲Isao TANAKA: The History of Protein Crystallography Witnessed by a Student 50 Years AgoProtein crystallography is a field of science that has significantly developed in the last halfcentury.However, its amazing development has not been straightforward and has gone through manytrials and errors. In this paper, we recall historical fragments of protein crystallography in the last halfcenturythat are thought to be important for the author and are likely to be buried in its spectacularhistory.1.はじめに結晶学会から70周年記念特集号の「歴史編」として結晶学の発展を振り返る原稿を依頼されたとき,「少し古い時代の歴史なら」と断わった後に執筆させていただくことにした.本稿は,50年前に学生だった私たちの世代が見た,蛋白質結晶学の類いまれな発展の歴史の断片である.50年は蛋白質結晶学をすっかり変えてしまうほど十分長い年月だった.今日この分野に入ってきた学生にとっては,この高度に発達した蛋白質結晶学の状態があたりまえのスタート点となるわけである.その学生がこれからの半世紀を科学者として過ごすときに,これまでの半世紀の出来事が役に立つかどうかはわからない.似たような出来事は起こらないだろう.それでも「何らかの参考になれば」と思いながら作業を進めた.誌面が制限されている中での作業である.当然ながら,私の主観がおおいに入っていることを最初にお断りしておく.2.50年前の大学の研究室今となっては,自分がなぜこの分野に進むことを決めたのか漠然とした記憶しかない.1970年代のはじめ,大阪大学理学部化学科で4年生になる頃,いわゆる講座配属ということで,どこかの研究室を選ぶ必要に迫られた.研究室配属のための講座訪問の1つとして蛋白質研究所の角戸正夫先生の研究室を訪れ,日本で最初の蛋白質立体構造解析を目指しているという先生の説明の,おそらくは「日本で最初の」というところに魅かれたのだと思う.特に将来に対する展望や計算があったわけではない.もちろん,この分野がその後大発展を遂げるとは想像もしなかった.いつかは自分も1つの蛋白質の立体構造を決めたいという思いだけは間違いなくあった.角戸研究室には,当時の最先端の装置,4軸自動回折計があった.紙テープに刻まれたプログラムを読み込めば,自動的に回折の起こる角度を計算し,装置をその位置に持って行って,回折強度を計測してプリントアウトするという,現在なら何の変哲もない装置だが,はじめて見るその自動装置にとても感動した.国内初の蛋白質構造解析を目指している角戸研究室は,大型計算機センターの最大のユーザーグループの1つでもあった.しかし,その計算機を使うためには,1枚のカードに1行のFortranプログラムをパンチしたカードの束を,同じようにカードにパンチしたデータの束とともに,大きな箱に詰めて計算機センターに持って行く必要があった.蛋白研があった大阪中の島から豊中の計算機センターにカードを送って,その結果が帰ってくるまで約1週間.プログラミングエラーで返ってきたら1週間が無駄になるので,皆,非常に気を遣った.そんな時代,乏しい知識を駆使して解析のためのプログラムを作ること,あるいは4軸回折計をコントロールするプログラムを密かに解読することなど,学生の私にとっては至福の時間だった.修士論文を手書きで仕上げるのはずいぶん大変だったが,パソコンが使える現代の学生を羨ましく思う反面,考える時間も遊ぶ時間もたっぷりあった当時の状態を懐かしく思う.3.50年前の蛋白質結晶学当時,立体構造が解明されていた蛋白質は,ヘモグロビン,ミオグロビン,リゾチームなど数える程しかなかった.大量発現系などない時代,当然,自然界に大量に存在する蛋白質のみが研究対象となりえた.蛋白質研究所では,かつおのチトクロームCの解析が進められていた.蛋白質結晶学は,多くのサイエンスの中でも,この半世紀で特に著しく発展した分野であると言えるだろう.解析される蛋白質の数は指数関数的に増加していった.したがって解析された蛋白質の数を年ごとにプロット180日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)