ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
田中信夫数10 nm以上に止まっていた.現在では収差補正TEM法やSTEMローレンツ法が試みられ,その分解能は約0.6 nmに達している.10)このローレンツSTEM法に関連11)して柴田らによる試料近傍無磁場対物レンズの開発は今後のTEM観察技術にとって重要な要素となるであろう.10.環境TEM技術の発展この10年間でもう1つの注目されたTEM観察技術は,試料周りをガス雰囲気などの環境にして原子レベルの動的観察ができるようになったことである.この方法は以前はin-situ観察といわれていたが,最近は環境電子顕微鏡法(E-TEM)と呼ばれている.ここで「環境」とは以前から行われていた「試料加熱」や「機械的変形」に加え,「ガス雰囲気」や「液体中試料の観察」および「電流,磁場印加」などを意味している.1990年代までは電子が通過する入口出口がある開放型のセルが使われたが,Si 3N 4の薄膜が半導体技術で自由に使えるようになって以来,閉鎖型の環境ホルダーも商用化され,触媒反応,電池電極反応の研究に多用されるようになった(Creemer).ただ閉鎖型はガスや液体を入れるセルの厚さが100 nm以上もあり,透過電子線がその過程で非弾性散乱し色収差が生じ,像分解能は10 nm以上であることが多い.一方開放型は米国,英国や日本で開発され200~300 kV級のTEMでは収差補正技術も合わさってガス触媒反応が原子分解能で観察されている.12)名古屋大学では1 MVの超高圧電子顕微鏡に開放型のガス環境セルが取り付けられ,各種の触媒反応や,水素ガス中での金属脆性の研究がなされている.13)超高電圧で加速された電子は厚いガス中も十分透過して試料の鮮明な像コントラストを与えている.11.電子線トモグラフィーの発展電子線トモグラフィーについては1970年代初頭に人体へのX線CTが開発されて以来その電顕版が試みられてきた.主なる課題は試料の全回転ができないことから生ずるMissing wedge問題をどのように回避するかであった(Frank).それまでの画像処理方法を援用して種々のソフトウェアが作られた.また暗視野STEM法やTEMの位相コントラスト法のほかにEELSやEDX信号を使ったトモグラフィーも研究された.最近の進展としては,三次元トモグラフィーも原子分解能になったことである.最初はX線回折を専門とするカリフォルニア大学のMiaoらが種々の角度から撮影されたADF-STEM像を強引にフーリエ投影定理に基づくソフトに入れて金微粒子の内部双晶構造を三次元可視化した.しかしADF-STEM像でもその像コントラストには投影近似によらない非線形な要素があるので,その有効性は完全に承認されているわけではない.日本でも九大の研究者らが公開されているソフトを使って,棒状金微粒子の原子配列の三次元再構成のデータを発表している.12.バイオ試料観察用TEM位相板の開発最近のバイオ電子顕微鏡で重要な進展の1つは「位相板」の実用化である.生物試料はほぼ完全な位相物体なので,何らかの位相板が開発されないと,染色して観察するしかなかった.1990年代に永山らが薄いカーボン膜の真ん中にFIBを使って細孔をあけ,周辺カーボン膜の厚さを使って回折波の位相を変化させる位相板を開発して生物試料の像のコントラストを上げる試みをした.14)しかし孔の周辺につくコンタミが原因するチャージ現象が発生し長期間の使用には耐えられなかった.また観察中の位相変化の調整もできなかった.一方Danevらは逆転の発想で,薄いカーボン膜の中央部分に事前に電子線を収束させ,コンタミまたはチャージ量を調整することによって,生物試料観察用の「Volta位相板」を実現している.後述する単粒子解析法にもこの位相板が必須のものとなっている.13.蛋白質分子の単粒子解析法の確立バイオ方面でのこの10年の最も大きな進展は2017年度のノーベル賞の対象になった「蛋白質分子の単粒子解析法の確立」である.この方法の確立には次のような複数の技術的進展が組み合わされている.11個1個の蛋白質分子を非晶質氷薄膜に閉じ込めて試料にする,2前記した位相板で無染色の分子からコントラストのある像を得る,31回の撮影で10万個以上の分子の像をTVカメラで収集し,方向などを揃えて整理する,4事前に分子モデルの種々の傾斜電顕像を計算し,実験で得られた像と計算機が自動でフィッティングをする.5ダメージを減らすために試料を液体ヘリウム冷却して低照射量で観察できるクライオ電子顕微鏡と高感度単電子検出器の開発,などである.単粒子解析法では多数の分子は氷薄膜中にランダムな方向で閉じ込められているので,原理的には1枚の像から三次元再構成ができることになる.すなわち試料傾斜ホルダーが不要である.この「単粒子解析法」の画像解析ソフトは英国MRC研究所の若手(Scheres)によって書かれ“RELION”として公開されており誰でも使うことができる.我が国でも顕微鏡学会主催でその利用説明会が開催されており,国内にも複数台のクライオ電子顕微鏡の設置によって研究レベルはようやく世界と肩を並べられるようになった.178日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)