ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

日本結晶学会誌62,175-179(2020)70周年記念ミニ特集(1)歴史編高分解能透過電子顕微鏡の現在と今後名古屋大学未来材料システム研究所田中信夫Nobuo TANAKA: Present Status and Future Prospects of HRTEMThis report reviews recent progress of HRTEM since the previous review in the present journalin 2014 and discusses the future prospects. Particular topics are development of electron energyloss spectroscopy, time-resolved measurement and a new phase imaging method and single particleanalysis of proteins.1.はじめに高分解能透過電子顕微鏡法(HRTEM)の進歩については2014年の世界結晶年記念号「日本の結晶学(Ⅱ)」に「直接観察法の技術的進展」の題で寄稿した.ここではそれ以後の進歩について我が国の成果を中心に紹介したい.2.分解能の到達点―TEMからSTEMへ―この10年間に透過電子顕微鏡(TEM)の明視野像の点分解能は60 pm程度に達したがそれ以上は立ち止まっている.この理由として原子散乱因子の高角側の低下のためという説明がある(Lentzen).TEMは散乱(回折)波を対物レンズにより集めフーリエ合成で点像にするために,高角側の低下は実空間では像のボケとなる.これまでは対物レンズの主に球面収差によりこのボケが生じて分解能の限界を与えていたが,21世紀に入り磁場レンズの収差補正技術が実用化し光学装置としては50 pm以下の分解能が得られるようになった.近年は100 pm以下の電子プローブで試料を二次元的に走査し一点一点からの散乱電子強度を表示することで顕微鏡像を得る円環状検出走査透過電子顕微鏡(ADF-STEM)が主流になってきた.STEMではレンズによるフーリエ合成に頼らず,テレビの撮像および再生と同様,一点一点ずつ像を作っていくので,現代のデジタル技術とも相性がよい.STEMの点分解能はTEMのそれを凌ぎ40.5 pmに達している.1)その分解能の証明にはGaN結晶を[212]方向から見たときの隣接するGa原子コラム像の分離を用いている(図1).また支持膜の上に置かれた金や白金,銀の単原子は1970年に同じくADF-STEM法で観察されてしまっている(Crewe).収差補正技術の進展によって200~300 kVの電圧で加速された電子は50 pm以下のプローブにすることができる.原子の大きさをイオン半径の2倍程度(~擬クーロンポテンシャルの大きさ)と考えると~0.2 nmなので日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)図1 GaN結晶の[212]方向からの暗視野STEM像.1)(AnnulardarkfieldSTEMimageofGaNat[212]direction.)(森下氏のご好意による)その1/4くらいの細い電子線で原子を走査している状態である.このような極限的な観察が商用機で可能になったのは,電気的,機械的安定度が十分進み,かつ試料の静止状態が1分間以上保たれることや,極細電子線の走査が精確に行われるようになったことが理由である.3.結合電子の顕微鏡観察は可能か?40 pm程度の間隔の原子コラム像観察が成功している現在,電子顕微鏡法の次の目標の1つは結晶中の結合電子の情報を可視化することであろう.結合電子の可視化についてはすでにX線回折や収束電子回折(CBED)を使った研究があるが,それは数μmや数10 nmの試料領域の平均的な構造情報である.顕微鏡法で単位胞内の結合電子の情報が得られれば,それは大きな進歩となるであろう.周知のように観察試料を構成する原子の原子核は格子振動している.原子核と周辺電子が作り出す擬クーロンポテンシャルはその分だけぼけている.この原子核の振動効果をガウス分布型のデバイ温度因子として取り入175