ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3
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日本結晶学会誌Vol62No3
鳥海幸四郎の構造が光によってゆがむことを,フランスのグループと協力して,ヨーロッパ放射光施設のポンププローブ時間分解X線回折装置を使い,光照射直後の構造解析から明らかにした.腰原は,その後,高エネルギー加速器研究機構の足立伸一らと共同で,フェムト秒パルスレーザーと放射光パルスX線を同期して試料に照射できる時間分解X線回折装置をKEK PF-AR NW14Aに立ち上げた.5)腰原らは,この装置を用いてミオグロビンのレーザー光照射後の構造変化を解析し,結晶中を一酸化炭素が移動していく様子を明らかにした.また,星野学と植草秀裕らは,腰原や福住俊一らと共同で,KEKのポンプ-プローブ時間分割X線回折装置を用いて,有機光触媒9-メシチル-10-メチルアクリジニウムイオンについて,吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換した瞬間の分子構造の直接観察に成功した.6)2.6 短波長X線を利用した重原子を含む結晶の放射光構造解析重原子を多く含むためX線吸収が大きく,大きな結晶を回折強度測定に使えない場合,どうしたら良いであろうか.微小結晶と高輝度X線を用いた構造解析も考えられるが,吸収の小さい短波長X線の利用も考えられる.尾関智二は後者の方法で,MoやWを多く含む巨大なポリ酸の構造解析に成功した.7)尾関は,SPring-8 BL04B2にIP回折計を設置し,ユーザーサポートにも尽力した.このビームラインでは,37.8,61.7,113.4 keVのX線しか利用できず,Mo Kα線に比べて短すぎる.しかし,37.8 keVのX線の特徴を巧みに利用し,比較的大きな単結晶を用いてX線の吸収の影響をほとんど受けない構造解析に成功し,新しいポリ酸の立体化学を展開した.2.7粉末1粒の微小結晶構造解析小澤や筆者はBL02B1のパワーユーザーなどとして,低温真空X線カメラを用いた微小結晶構造解析にもユーザーサポートを行った.しかし,X線強度が十分ではなく,ミクロンサイズの微小結晶の構造解析は困難であった.粉末1粒の微小結晶構造解析の興味深い研究例として,定金正洋らの高活性・高選択性触媒Mo-V-Te(Sb)-(Nb)-O系複合金属酸化物の構造解析がある.8)この固体触媒の基本構造は粉末X線構造解析やTEMで判明していた.しかし,触媒機能を解明するうえで重要な各金属原子の配置などは不明であった.その理由は,組成が類似した不純物が含まれ,粉末X線パターンから不純物ピークを取り除くことができなかった.この例では,7×3×1μmの微小試料について真空カメラを用いて単結晶構造解析に成功した.この試料のように多成分からなる粉末試料でも,粉末1粒の単結晶構造解析により各成分を別々に構造解析できれば粉末回折パターンが再現できる.このような粉末X線構造解析と微小単結晶構造解析を併用した研究例はまだ少ないが,今後の活用が期待される.サブナノサイズの微小結晶の構造解析は,SPring-8BL40XUにおいて,高田昌樹,木村滋,安田伸広らにより2008年に実現した.アンジュレーターからの高輝度X線をゾーンプレートで集光して試料に照射するため,試料のω回転軸には偏心誤差のきわめて小さなステージが利用された.このピンポイント構造解析装置を用いて,安田らは600×600×300 nmのBaTiO 3の構造解析に成功している.9)低温真空X線カメラは2009年にBL02B1から撤去されたが,現在は大型湾曲IPカメラやCCDカメラが設置され,微小結晶の単結晶構造解析が可能である.3.新たな装置の利用による結晶化学の発展1990年代に入って,IPやCCDなどの二次元検出器を搭載したX線回折計が開発されて測定時間が大幅に短縮され,多くの研究室で利用されるようになった.また,2000年代には,空気中から分離した窒素ガスを用いた窒素吹き付け低温装置が開発され,広く利用された.さらに,集光ミラーによりX線の輝度を高めたX線発生装置が2000年代後半に市販され,放射光並みのX線強度により微小結晶の構造解析が実現した.また,2010年代には大強度陽子加速器施設J-PARCの中性子構造解析も利用可能となった.このような装置の進歩に伴って,結晶中の分子の動きや反応を解析する研究の流れが加速した.3.1新たな電子密度分布の解析橋爪大輔らは新たな視点で有機化合物や金属錯体の電子密度分布解析を開始した.橋爪らは,化学反応を理解するうえで興味深い,多様な弱い化学結合や非局在化した化学結合などを含む,新奇な不安定化合物の結晶解析に着目し,低温で等価反射および同一反射を重複測定することにより高精度なX線回折データを得た.多極子展開法を用いて実験的に価電子密度分布を求めるとともに,計算化学的手法などと組み合わせて解析し,化学的に興味深いが解析が困難な弱い結合の結合状態の解明に成功した.10)3.2結晶内での分子運動の構造解析小川桂一郎らはスチルベン類の化合物において,結晶内でも中心の二重結合の周りで分子がペダル運動と呼ばれる大振幅振動していることを結晶構造の温度変化の解析から1992年に明らかにした.11)原田潤らは,1990年代後半から,サリチリデンアニリン誘導体の結晶に見られるサーモクロミズムとフォトクロミズムについて,単結晶構造解析法を駆使して解析し,エノール体とシスーケト体の互変異性,およびエノール体とトランスーケト体の光反応の分子構造変化を明らかにした.12)166日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)