ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

志甫谷渉A K8794 B K8794→ET-3 CK8794→IRL1620TM6TM6TM6W336 W336 W336D150 D150 D150F332 F332 F332N378 N378 N378図86.逆作動薬IRL2500結合型の構造解析エンドセリン受容体拮抗薬は,今日までボセンタンを基に開発が進められている.3)そのため,エンドセリン受容体拮抗薬はみな類似した化合物骨格であり,多様性が少ない.薬理作用は化合物骨格に強く依存するため,エンドセリン受容体拮抗薬のさらなる臨床応用のためには化合物空間の拡張が必要である.ボセンタンとは異なる化合物骨格をもつ拮抗薬に,IRL2500というものがある.IRL2500はエンドセリンのC末端の一部を模倣して作られた拮抗薬であり,ボセンタンとは大きく異なっている.IRL2500結合型の構造.(ETB structure bound toIRL2500.)ET-1はW336を挟み込んでその構造変化をボセンタンよりも強力に防ぐことで,不活性状態を安定化し逆作動薬として機能できる.筆者は,IRL2500の結合様式を理解できれば,ボセンタン以外にも受容体を阻害し得る化合物骨格が同定できると考え,IRL2500結合型のETBの構造を分解能2.7 Aで決定した.8)IRL2500はET-1とはまったく異なる結合様式であった.IRL2500はボセンタンと同様に受容体の正電荷をもつアミノ酸と相互作用していたものの,IRL2500は受容体の結合ポケットのより深い位置で相互作用しており,強固に不活性化状態を固定していた(図8).このことから筆者は,IRL2500が単なる拮抗薬ではなく受容体の恒常的な活性をも抑制する,逆作動薬ではないかと考えた.機能解析を試みた結果,IRL2500が逆作動薬であることを証明した.こうした成果はエンドセリン受容体拮抗薬の化合物空間を広げるのみならず,GPCR一般の動作原理について理解を深めるものである.7.ETB選択的作動薬との複合体の構造解析エンドセリン受容体拮抗薬は高血圧やがんへの治療薬となる一方で,ETB選択的作動薬は血管弛緩薬として研究されている.3)ETAとは異なり,ETBの活性化は血管弛緩作用を示すためである.現在までに,エンドセリンの一部領域を欠損させて線状ペプチド化した,IRL1620というB型選択的作動薬が開発されている.IRL1620はET-1と同等の親和性でETBに結合できるのに対して,ETAにはまったく作用せず,10万倍以上の高いB型選択性を示す.IRL1620は抗がん剤や放射線治療による効能を高める併用療法として,臨床試験が行われている.B型選択的作動薬はほかにも内在性リガンドであるエンドセリン-3が存在しており,100倍程度の弱いB型選択性をもつ.筆者は,ETBとB型選択的作動薬であるIRL1620およびET-3の複合体の結晶化に成功し,それぞれ,分解能2.7 Aおよび2.0 Aで構造を決定した.9)特にET-3結合型構造については,BL32XUの自動データ収集システムZOO 7)をを用いることで大量のデータを取得し,約500データセットをマージして解析した結果,現時点で作動薬結合状態のGPCR構造の世界最高分解能を誇る.こうした構造から水分子を含めたエンドセリンと受容体の相互作用の詳細が明らかになり,B型選択性のメカニズムの一端を解明した.また,2.2 A分解能のK8794結合型の不活性構造と2.2 A分解能のET-3結合型を比較することによって,作動薬の結合に伴い受容体中間部での水分子ネットワークが崩れることが明らかになった(図9A,B).これは留め金を外すような役割を果たし,細胞内のTM6がGタンパク質の結合に伴う動きが可能になると考えられた.Gタンパク質Gタンパク質図9高分解能構造から明らかになった活性化機構.(Receptor activation mechanism revealed by the highresolutionETB structures.)(A)K8794結合型の構造.GPCRで保存されているW336やD150が水を介して水素結合を形成.表示している以外にも,多数の水素結合ネットワークが存在し不活性化状態を安定化している.(B)ET-3結合に伴う構造変化.受容体中間部の水分子がいなくなり,W336やD150はそれぞれ異なる残基と水素結合ペアを変える.その結果,W336とN352の動きによってTM6のF332が押し下がり,細胞内側のTM6が外側に動く.(C)IRL1620結合に伴う構造変化. TM6の内側への動きがET-3結合よりも小さいため,W336は内側に動くもののD150と水を介した水素結合を維持している.そのため,F332や細胞内側のTM6の外側への動きも小さい.実際の細胞内ではダイナミックに動いているが,このように細胞内側のTM6が開きにくいことが部分作動薬として機能する理由の1つであると考察できる.148日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)