ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

エンドセリンB型受容体の結晶構造と活性化機構の解明図7ボセンタン結合型のETB構造.(ETB structure bound to bosentan.)(A)ボセンタンの分子構造.(B)全体構造.(C)ボセンタンの結合様式.(D)ボセンタン結合型とET-1結合型の重ね合わせ.(E)ボセンタンとET-1のC末端3残基との重ね合わせ.エンドセリン受容体の構造情報を基にした拮抗薬の開発は困難であった.そのため,エンドセリン受容体とボセンタンなど拮抗薬との複合体の構造情報が待ち望まれていた.ETBと拮抗薬との複合体の結晶化に際しては,以前の研究において作製した,安定化のための変異を導入し細胞内第3ループにT4リゾチームを挿入した改変型のETBを用いた.5)この改変体とボセンタン(図7A),および,ボセンタンの高親和性の誘導体であるK-8794との共結晶化に成功し,それぞれ,分解能3.6 Aおよび2.2 Aで構造を決定した6)(図7B).ボセンタン結合型については,結晶が小さかったため,後述するとおり開発中だった自動データ収集システムZOO 7)を用いてデータ測定を完了させた.ボセンタンはスルホンアミドを中心とした芳香族性の部分の多い化合物である(図7A).ボセンタンのスルホンアミドはETBのLys181,Lys273,Arg343といった正電荷をもつ残基と電荷相補的な相互作用を形成していた(図7C).ボセンタンの4-t-ブチルフェニル基はETBの細胞外第2ループのβシートの直下のPhe240,Val177,Pro178と疎水性相互作用を形成していた.ボセンタンはETBのTrp336,Val185,His340,Leu277,Leu339にかこまれた疎水性のポケットにはまり込んでいた.さらに,ボセンタンのエーテル酸素原子とETBのAsn181およびLys182が水素結合を形成していた.ボセンタンのエチレングリコール部分の水酸基はETBのAsp154と水素結合を形成していた.全体としては,ボセンタンのスルホンアミドとエーテル酸素がETBにより水素結合を介し認識されており,ほかの芳香族性の部分が膜貫通部位のポケットをうめていた.こうしたボセンタンの結合様式は,エンドセリン受容体との結合に対するスルホンアミド部分の重要性を示した過去の研究と合致した.さらに,ETBにおけるボセンタンの結合部位は1残基を除きエンドセリン受容体A型においても保存されており,ボセンタンの結合様式はエンドセリン受容体A型とETBとで等しいことが示唆された.日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)ボセンタンは内在性の作動薬であるET-1を基に開発されたわけではなく,ET-1との化学構造における類似点は少ない.しかし,ETBとボセンタンとの複合体の構造をET-1との複合体の構造と比較すると,ボセンタンはET-1との結合部位の底部を占めており,ET-1のC末端の3つの残基Ile19,Ile20,Trp336と非常によく重なっていた(図7D,E).ボセンタンのスルホンアミドはET-1のC末端のカルボキシル基とよく重なり,共通した正電荷をもつ残基Lys182,Lys273,Arg343により認識されていた.さらに,ボセンタンのピリミジル基,4-t-ブチルフェニル基,2-メトキシフェニル基は,それぞれ,ET-1のIle19,Ile20,Trp21の側鎖に相当した.そして,基本的にボセンタンおよびET-1はETBの同じ残基により認識されていた.このように,ボセンタンあるいはET-1のC末端の3つの残基とETBとの相互作用は非常に似ており,膜貫通部位における電荷相補的な相互作用および疎水的な相互作用が結合に重要であることが示された.こうした相似性にもかかわらず,ボセンタンとの結合に伴うETBの構造変化は,ET-1との結合に伴うものとはまったく異なっていた(図7E).前述のとおり,筆者らの過去の研究により,ET-1によるETBのTM6およびTM7の内側への4Aの動きがETBの活性化に重要であることが明らかにしている.5)この動きはおもに,ET-1のAsp18およびカルボニル基がETBのArg343を引き寄せることによる.ボセンタンはET-1のAsp18に相当する負電荷をもつ部分をもたない.さらに,ボセンタンの2-メトキシフェニル基はET-1のTrp21の側鎖と比較してTM6の方向に突き出ており,TM6の構造変化を立体障害によりさまたげる.さらに,ボセンタンはTM7との相互作用がほとんどないため,TM7の構成するポケットの内部へと動かない.こうした違いにより,ボセンタンとの結合に伴うETBのTM6およびTM7の動きはわずかになるため,ボセンタンは作動薬ではなく拮抗薬として機能すると考えられた.147