ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

志甫谷渉7番目の残基とS-S結合により結ばれていた.C末端側の18~21番目の残基は伸びた構造をとり,Trp21の側鎖を結合ポケットの中心にむけるかたちでETBに突き刺さるように結合していた.4.2 ET-1と受容体の相互作用ET-1はおもにそのαへリックス領域とC末端側の領域を介してETBと密な相互作用を形成していた.αへリックス領域はおもに疎水性アミノ酸残基からなり,ETBの細胞外第2ループとN末端側の領域にはさまれ,広範な分子間相互作用を形成していた(図5C).とくに,細胞外第2ループの長いβシートはαへリックス領域をつつみこみ,ETBのTyr247がET-1のTyr13とπ-π相互作用を形成することにより上部からふたをしていた.こうした疎水性相互作用に加え,αへリックス領域のN末端側およびC末端側はETBと複数の水素結合を形成し,αへリックス領域の配向を決めていた.ET-1のC末端側の領域の3つの疎水性アミノ酸残基Ile19,Ile20,Trp21はETBのリガンド結合部位の深くにある疎水性の結合ポケットにはまりこんでいた(図5D).Ile19の主鎖のアミドやカルボニル酸素はETBとの水素結合により安定化されていた.ET-1のC末端のTrp21のカルボキシル基やAsp18の側鎖といった負電荷は,ETBの電荷性アミノ酸残基と電荷相補的な相互作用ネットワークを形成していた.過去の研究において,ET-1のTrp21の置換あるいは削除によりETBとの結合能が失われたことから,ET-1のC末端側の領域とETBとの相互作用は結合に必須であると考えられた.4.3エンドセリン結合に伴う受容体の構造変化ET-1との結合に伴うETBの構造変化について明らかにするため,ET-1と結合したETBとリガンドと結合していないETBの構造を比較した(図6A).ETBの細胞質側に大きな構造変化はなかったが,これは,Gタンパク質共役受容体の細胞質側はGタンパク質との結合に応じて大きな構造変化を起こすというほかの構造機能解図6ET-1との結合に伴うETBの構造変化.(Structuralchanges upon ET-1 binding.)(A)全体構造.(B)結合ポケットの構造.析の結果と一致しており,ET-1と結合したETBの構造は完全活性型に至るまえの初期活性型であることが示唆された.それに対し,ETBの細胞外側の結合ポケットにおいてET-1との結合に伴う大きな構造変化が観察された(図6B).ETBのTM2,TM6,TM7はET-1との結合に伴いそれぞれ2.6 A,4.1 A,4.9 Aほど結合ポケットの内部へと動いていた.ET-1と直接には相互作用していないTM1はこれらのTMの動きと連動して4.4 Aほど外側へと動いていた.こうした4本のTMのダイナミックな動きにより,ETBの結合ポケットは開いた状態から閉じた状態になり,ET-1との強固な相互作用を形成することが明らかにされた.ETBとET-1とは超安定な複合体を形成することが知られている.このように,ETBのダイナミックな構造変化によるET-1の認識,および,上部からふたをするような構造が,ET-1のみかけの不可逆的な結合に重要である.この構造比較と過去のエンドセリンに対する変異実験の結果より,ET-1によるETBの活性化の機構が推定された.ET-1のC末端側の領域の18番目のアミノ酸残基および19番目のアミノ酸残基は,ET-1の作動薬活性と密接な相関のあることが知られている.構造中では,ET-1のAsp18およびIle19はETBのTM6~TM7と相互作用しており(図6B),ET-1との結合に伴うTM6~TM7の内側への動きに重要であった.このことから,ET-1との結合に伴うTM6~TM7の結合ポケットの内側への動きがETBの活性化において重要な過程であることが強く示唆された.5.阻害薬結合型の構造解析ET-1の異常な亢進は肺動脈性肺高血圧をはじめとした循環器系疾患につながる.3)さらに,ET-1とその受容体を介したオートクリンやパラクリンのシグナルはがん細胞の増殖や生存にかかわる.そのため,エンドセリン受容体はこうした疾患に対する創薬の標的として注目されており,ET-1の作用を拮抗的に阻害するエンドセリン受容体の拮抗薬の開発が続けられたてきた.その代表例が,ETAおよびETBに非選択的に結合する拮抗薬ボセンタンである.ボセンタンはハイスループットスクリーニングにより選抜された低分子化合物であり,最初に認可された肺動脈性肺高血圧症に対する経口投与性の治療薬である.肺動脈性肺高血圧症それ自体は稀少疾患であるものの,全世界におけるボセンタンの売り上げは過去に年間1,000億円を超えていた.しかし,エンドセリン受容体に対するボセンタンの結合能は低く解離も速いため,より薬効の高い薬剤の創出をめざしボセンタンを基にして多数のエンドセリン受容体の拮抗薬が開発されてきた.しかし,ボセンタンあるいはその誘導体のエンドセリン受容体への結合様式については未知な点が多く,146日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)