ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

エンドセリンB型受容体の結晶構造と活性化機構の解明指導くださっていた奥田明子博士が病床に伏してしまい,筆者が完全に自立して研究することになった.そんななか,東京大学の濡木研究室が脂質中間相法を用いて膜タンパク質チャネルロドプシンの構造解析に成功したという報を聞きつけた.藤吉研究室OBである西澤知宏博士が濡木研の研究員だったので,結晶化をお願いする形で共同研究を開始した.数週間で拮抗薬との複合体の結晶が得られ,幸先がよかった.結晶を大きくするのに苦労したものの,BL32XUの微小ビームの力のおかげもあり,1年半後には構造決定に成功した(図3A).ところがこの構造は挿入したT4リゾチームが形成する結晶パッキングのため,非生理的な状態になっていることが示唆された(図3B).拮抗薬の電子密度もまったく観察されず,お蔵入りとなった.当時かなり消耗したが,気を取り直して実験に打ち込んだ.T4リゾチームと受容体の相対位置が結晶化の成否にかかわるため,T4リゾチームとETBとのつなぎ目の残基を欠失させた改変体を網羅的に作製し結晶化を試みた.その結果,約4カ月でET-1との複合体の構造決定に成功した.筆者が修士2年のときであった.しかし,この構造論文はNatureやScience共にEditor判断で棄却された.そこで筆者は,ETBと拮抗薬との複合体の構造を決定し,ET-1の結合に伴うETBの構造変化を明らかにしようと決意した.さらに,自ら結晶化を行うため,研究室留学という形で,濡木研究室で研究させてもらえることになった.すでに博士課程2年であり,この研究以外はほかの研究をする余裕もなかったので,背水の陣で東京に赴いた.いくつかの策を試す中,T4リゾチームを小型T4リゾチームとすると結晶化パッキングや分解能が向上するという報告が目にとまった.これを試した結果,拮抗薬として機能するエンドセリン誘導体との共結晶化に成功し,分解能2.3 Aという比較的高分解能で構造が決定できた(図4A).しかし,この構造においても結合ポケット内の薬剤とおぼしき電子密度が一部しか見えておらず,またしても解釈に困った(図4B).共結晶化の際に拮抗薬が解離している可能性を考え,無謀にも薬剤を何も加えずに結晶化を試したところ,まったく同じ構造が得られた.つまり,共結晶化の過程でエンドセリン誘導体は解離していたのである.こうした経緯もあり,意図せずして奇跡的にリガンド非結合型のETB構造を決定できた.はっきりしない電子密度に薬剤をあてはめて議論していた場合,誤った解釈になっていたため,研究の怖さを実感した瞬間だった.こうした筆者自身の5年半,研究全体では22年の歳月を得て,博士課程3年の2016年9月にNature誌に論文を出版することができた.5)4.ET-1結合型および非結合型の構造解析4.1 ET-1結合型の構造ETBは7本のTMとC末端側にある両親媒性のαへリックスから構成されており,既知のGタンパク質共役受容体の全体構造と類似していた(図5A).N末端は細胞の外側に伸び,TM7とS-S結合によりつながっていた.細胞外第2ループはペプチド受容性のGタンパク質共役受容体に共通した特徴である大きなβシートを形成していた.ET-1の認識にはN末端側,細胞外ループ,TM2~TM7がかかわり,大きなリガンドとの結合ポケットを形成していた.ETBとET-1との相互作用の面積は約1,500 A 2で,これまで構造の解析されていたGタンパク質共役受容体のなかで最も広範であった.こうした広範な相互作用は,ETBに対するET-1の非常に高い結合能(KD=20 pM)に寄与する考えられた.ETBとET-1との複合体において,ET-1は,X線結晶構造解析やNMR法により決定された単体のET-1の構造と同様に,Cys1-Cys15とCys3-Cys11の2つの分子内S-S結合により環状化していた(図5B).ET-1の中央部の8~17番目の残基はαへリックスを形成し,N末端側の1~図4リガンド非結合型のETB構造.(ETB structure inligand free form.)(A)全体構造.(B)対称分子のC末端がポケット上部と相互作用していると推定されるが,側鎖が置けるほどの明瞭な電子密度ではない.図5ET-1結合型のETB構造.(ETB structure in complexwith ET-1.)(A)全体構造.(B)ET-1の配列と構造.(C)αヘリックス領域と受容体の相互作用.(D)C末端側領域と受容体の相互作用.日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)145