ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

志甫谷渉う構造安定タンパク質を挿入することでβ2アドレナリン受容体構造解析に成功し,2008年にはMRCのグループが熱安定化変異を用いてβ1アドレナリン受容体の構造解析に成功した.こうした結晶化技術の革新によって,GPCRの結晶構造が続々と報告されるようになった.2017年以降は,クライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析によってGPCR-Gタンパク質複合体の構造が続々と報告されるようになった.今日までに約400個のGPCR構造がPDBに登録されている.2.エンドセリン受容体についてエンドセリン-1(ET-1)は1988年に柳沢らによって発見された21アミノ酸残基からなるペプチドホルモンである.2)ET-1は生体において最も強力な血管収縮物質であり.ラットに静注すると1時間以上も持続する強力な昇圧反応が観察された.その様子は「ラットは血の涙を流した」として知られている.エンドセリンにはほかにET-2とET-3という種類が存在する.1990年には,細胞膜に存在するエンドセリン受容体A型(ETA)およびB型(ETB)が発見された.ETAおよびETBはともにGタンパク質共役受容体であり,エンドセリンはこれらの受容体を介して細胞内のGiやGqなどGタンパク質を活性化することにより,細胞膜を介しシグナルを伝達する.ET-1はエンドセリン受容体とみかけのうえで不可逆的に結合し持続的な血圧の上昇にかかわる.3)血流の制御のほかにも,神経堤細胞の発生,細胞の増殖,体液の水分濃度の調整など,エンドセリンのかかわるシグナル伝達は多岐にわたる生理現象に関与する.ET-1の異常な産生はがん,高血圧,心臓病などさまざまな疾患の原因となるため,その作用を拮抗的に阻害するエンドセリン受容体の拮抗薬はこうした疾患に対する薬剤として注目されている.実際に,非選択的な拮抗薬であるボセンタンは肺動脈性の肺高血圧症に対する治療薬として使われている.さらに,ETBに選択的な作動薬であるET-1の誘導体IRL1620は,腫瘍細胞の血管を拡張させて血流を促進することにより抗がん剤や放射線治療の効能を高めるとされ臨床研究が進められている.エンドセリンに関する薬理的および医学的な研究は多くなされてきたが,エンドセリンがどのようにエンドセリン受容体と結合しこれを活性化するのか,その分子機構の詳細はまったく不明であった.そのため,エンドセリン受容体を標的とした非ペプチド性の作動薬や新規の拮抗薬の開発は停滞しており,エンドセリン受容体の構造の情報が待ち望まれていた.3.最初の構造決定に至るまで初期検討の結果,ヒト由来ETBが昆虫細胞発現系で発現することがわかったが,ほかのGPCRと同様に結晶化が困難であった.そこで,先行研究の手法に習い,結晶化の促進のため膜貫通領域1つ1つにAlaを導入することにより,安定性の向上した耐熱変異体の作製に成功した.4)さらに,構造が柔軟であった細胞内第3ループにT4リゾチームを挿入し脂質中間相法を利用することにより,ETBとET-1との複合体の結晶化に成功し,2.8 A分解能で構造を決定した.さらに,T4リゾチームを小型T4リゾチームに改変することにより,リガンド非結合型のETB構造を2.5 A分解能で決定した.これらの成果を論文としてまとめた.5)この構造決定に至るまでは,茨の道であった.エンドセリン受容体の構造研究は,筆者が所属していた藤吉研究室で1994年から続けられてきたテーマである.筆者が大学4年生でこの研究に加わったときには,ヒト由来ETBの耐熱変異体を得ることには成功していたものの,精製法を含め課題は山積みであった.さらに当時直接ご図2血管系でのエンドセリン受容体のシグナル伝達.(endothelin signaling in vascular system.)図3最初に決定したETB構造.(The first determined ETBstructure.)(A)薬剤の見えないETB構造.(B)のちに決定したET-1結合型のETB構造との比較. T4LとTM5のヘリックスが融合しているため,TM5がパッキングの影響を受け,GPCRできわめて保存性の高いP285が外側を向いており,TM5全体が1残基上に押し上がり,ポケットを干渉している.144日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)