ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

河原一樹,沖大也,中村昇太らなる.レクチンと呼称されることからも明らかなように,CU線毛のアドへシンの多くは宿主組織表面の糖鎖を認識することが多く,Ⅰ型線毛のアドへシンであるFimHはマンノースを認識することが示されている(図1).一方で,P線毛のアドへシンPapGがガラビオースを認識するように,レクチンドメインの基本構造は類似しているものの,認識する糖鎖はCU線毛の種類によりさまざまである.この多様性は,細菌の宿主内における“ニッチ”の選別に寄与していると考えられている.4)3.IV型線毛(T4P)T4Pは,CU線毛と同様にグラム陰性菌の多くが保有する線毛であり,淋菌(Neisseria gonorrhoeae),緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa),腸管毒素原性大腸菌(ETEC:enterotoxigenic E. coli),コレラ菌(Vibrio cholerae)などの重要な病原菌の病原因子としても知られている.T4Pの形成機構は,CU線毛に比べてより複雑であり,オペロンにコードされた一連のタンパク質群から構成される分子マシナリーにより形成される(図1).Sec経路により内膜に埋め込まれた各ピリンは,細胞質側に存在するアッセンブリーATPアーゼと,内膜のプラットフォームタンパク質群の働きで,螺旋状に重合され,ペリプラズム内のアラインメントタンパク質群に介助されながら,セクレチンと呼ばれる外膜に埋め込まれた膜孔形成タンパク質を通過して,菌体表面に産生される.5)各ピリンは,α/βロールと呼ばれる基本構造をとっており,N末端に50残基程度の特徴的な長い疎水性のαヘリックスを有している.ATPアーゼの働きで各ピリンが内膜から引き抜かれると,このN末端のαヘリックス同士の相互作用を中心に線毛形成が進行する.T4Pの大部分を構成するメジャーピリンに関しては,多くの構造解析例があるが,細菌付着に重要なマイナーピリンに関しては研究例が少ない.筆者らは,ETECのT4Pの一種である定着因子抗原III(CFA/III:Colonization factor antigenIII)のマイナーピリンCofBの結晶構造を最近決定し,N末端のピリン様ドメインに加えてβストランドに富む2つのドメインをC末端側にもつ特徴的な3ドメイン構造をとることを明らかにした.さらに,C末端側のドメインにおいてホモ三量体を形成し,線毛形成の開始複合体として機能することも示された(図1).6)ホモロジー検索の結果,CofBのC末端側のβストランドに富むドメインはH型レクチンと類似のフォールドを採ることが明らかになり,当初はレクチンとして機能すると思われたが,予想に反して,CofBは当該ドメインにおいてオペロン内にコードされた脂質膜認識にかかわる分泌タンパク質CofJと相互作用することが示された(図1).この知見から,ETECのT4Pの場合,分泌タンパク質がアドへシンとして線毛と宿主組織表面を橋渡すことで,細菌付着に関与することが示唆された.7)ETECだけでなく,コレラ菌が保有するT4Pである毒図2分泌タンパク質CofJとTcpFの比較.(Comparisonbetween a secreted protein CofJ and TcpF.)N末端領域の配列比較においてCofJのマイナーピリンとの結合に必須である芳香族アミノ酸と相当するTcpF中の残基を四角で囲った.素共発現線毛(TCP:Toxin-coregulated pilus)においてもH型レクチン様ドメインをもつマイナーピリンが確認されているが,BLASTpによる配列検索の結果,その他の多くのグラム陰性菌も同様のマイナーピリン,分泌タンパク質を保有することが示唆されている.7)それらのタンパク質の多くは,依然として立体構造決定や詳細な機能解明が進んでいないが,現在構造情報が報告されているETECとコレラ菌の分泌タンパク質(それぞれCofJとTcpF)を比較したところ,マイナーピリンとの相互作用領域であるN末端部に類似性は認められるものの,全体構造は大きく異なることもわかり(図2),宿主標的の認識に多様性があることが示唆される.冒頭でも述べたとおり,細菌付着は感染において最も重要な過程であるため,その認識にかかわるアドへシンは,有望な創薬標的である.多くのアドへシンの構造はいまだ明らかになっていないが,複合体の構造情報が得られているUPECのFimHに関して現在マンノース由来の抗付着剤の開発が進んでいる.8)今後,さまざまなアドへシンについてリガンド複合体の構造情報が取得されれば,抗付着剤開発を加速させる有益な情報が得られる可能性がある.一般的に,細菌表面のタンパク質を標的とした薬剤やワクチンは,免疫回避を目的とした細菌の抗原変異により効果が失われやすいと言われる.しかし,抗付着剤はその限りではない.なぜなら,そのような抗原変異は,結果として細菌の標的受容体との親和性を減少させてしまうからである.文献1)https://amr-review.org/sites/default/files/160518_Final%20paper_with%20cover.pdf2)D. A. Rasko and V. Sperandio: Nat. Rev. Drug. Discov. 9, 117(2010).3)M. K. Hospenthal, et al.: Nat. Rev. Microbiol. 15, 365(2017).4)L. Craig, et al.: Nat. Rev. Microbiol. 17, 429(2019).5)K. Moonens and H. Remaut: Curr. Opin. Struct. Biol. 44, 48(2017).6)K. Kawahara, et al.: J. Mol. Biol. 428, 1209(2016).7)H. Oki, et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115, 7422(2018).8)C. N. Spaulding, et al.: Nature 546, 528(2017).140日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)