ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No3

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概要

日本結晶学会誌Vol62No3

日本結晶学会誌62,139-140(2020)最近の研究動向抗付着剤開発に向けた細菌線毛の立体構造解析大阪大学大学院薬学研究科河原一樹大阪大学微生物病研究所沖大也,中村昇太Kazuki KAWAHARA, Hiroya OKI and Shota NAKAMURA: Structural Study ofBacterial Pili for Development of the Anti-Adhesive Agent近年,抗生物質・抗菌薬に対する耐性菌の出現が深刻な問題となっている.2016年のオニール委員会の報告によれば,このまま何の対策も講じられない場合,2050年には年間1,000万人の薬剤耐性菌による死亡者が推定されており,現在のがんによる死亡者数を上回ると考えられている.1)そのため,抗生物質・抗菌薬に代わる新たな治療薬の開発は,感染症分野において喫緊の課題となっている.現在,国内外においてさまざまな研究が進められているが,上記薬剤のように細菌の生育を直接阻害するのではなく,細菌が産生する病原因子の働きを阻害することで感染を制御する戦略が注目を集めている.2)さまざまな病原因子の中でも,感染において最も重要な過程である宿主への付着に関連した病原因子は,魅力的な創薬標的であり,その働きを阻害する抗付着剤は,病原菌を死滅させずに宿主外に排出することが可能であるため,耐性菌を生じさせない長所がある.本稿では,細菌の代表的な付着因子である線毛を紹介し,その創薬標的としての可能性を論じる.1.細菌の線毛病原菌を含む細菌の多くは宿主への付着のために,菌体表面に巨大な繊維状タンパク質重合体である線毛(英語名では,pilus(複数形pili)またはfimbria(複数形fimbriae)と呼ばれる)を産生する.各線毛は,ピリン(pilin)と呼ばれる線毛構成タンパク質が螺旋状に重合することで形成され,シャペロン・アッシャー(CU:Chaperone-Usher)経路もしくはⅣ型線毛(T4P)システムにより作られる二種類の線毛が代表的である(図1).それぞれの線毛の先端部には,線毛の大部分を構成するメジャーピリンとは異なり,少数のみ発現するマイナーピリンが存在し,ピリン様ドメインに加えて,アドへシン(adhesin)と呼ばれる付着に関与するドメインをもつことが多い.これまでのX線結晶構造解析およびクライオ電子顕微鏡解析の結果から,各線毛の全体構造や,その形成機構に関して原子レベルでの理解が進んできており,さらに,宿主への付着メカニズムについての情報も得られ始めている.3)そこで,次にCU線毛およびT4Pについて得られたこれらの知見について概説する.日本結晶学会誌第62巻第3号(2020)図1 CU線毛およびT4Pの概念図Schematics.(of CU pilusand T4P.)2.シャペロン・アッシャー(CU)線毛CU線毛は,グラム陰性菌に普遍的に存在する線毛であり,尿路病原性大腸菌(UPEC:uropathogenic Escherichiacoli)のⅠ型線毛やP線毛の研究が最も進んでいる.3)各線毛の形成には,メジャーピリンとマイナーピリンに加えて,ピリンを安定化するシャペロンタンパク質と膜孔形成タンパク質であるアッシャータンパク質の少なくとも4種類のタンパク質を必要とする.Sec経路によりペリプラズム内に移行した各ピリンは,不完全なイムノグロブリン(Ig)様フォールドを採っており,C末端のβストランドが1本欠損していることで形成された疎水性の溝にシャペロンタンパク質のβストランドが相互作用することで安定化されている.各ピリンのN末端領域はディスオーダーしているが,外膜のアッシャータンパク質に送達されると,シャペロンタンパク質の代わりにほかのピリンの疎水性の溝と相互作用することで線毛形成が進行する.線毛の先端部には,菌種によって1種類以上のマイナーピリンが存在し,特に,最先端部のものはアドへシンの機能を担うことが多い.このマイナーピリンはIg様フォールドを採る二種類のドメインからなり,N末端側のレクチンドメインと,C末端側のピリン様ドメインか139