ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

日本結晶学会誌62,74-75(2020)最近の研究動向金属元素が織り成す構造と機能性材料への展開金沢大学理工研究域物質化学系菊川雄司Yuji KIKUKAWA: Structure of Materials Based on Metal Elements and Development ofFunctional Materials1.はじめに日本結晶学会2019年年会(2019年11月)において筆者らは「金属元素が織り成す分子から三次元ネットワークの結晶構造と高機能性材料への展開」のテーマでシンポジウムを企画した.化学の広い分野において,よくデザインされた化合物の合成とその機能性について高度な議論が行われている.とりわけ,構造を描写することができる結晶学的手法は,最も広く用いられる構造決定手法の1つである.金属錯体中の金属元素は配位子の配向制御や配位結合による多次元ネットワークの構築といった役割だけではなく,分子中に機能性を付与する重要な活性点ともなり得る.また,金属元素と酸素で形成される金属酸化物は,規則的な連続構造だけでなく,分子性のクラスター構造を構築することが可能である.本シンポジウムでは,金属錯体分子,配位高分子,金属酸化物クラスター,金属酸化物の有機・無機化学における構造化学の実際と,それらの磁性,光化学,触媒などの機能性材料への応用について幅広い分野の5名の研究者に講演を依頼しプログラムを構成した.講演内容に関連した演者らの論文より結晶学の最近の動向を紹介する.2.シンポジウムから見る構造と機能1.秋根茂久先生(金沢大学)「らせん型四核錯体の結晶化と溶解に伴う動的なヘリシティー変換」:らせん型分子は,分子の「かたち」が作る不斉,すなわちヘリシティーをもっており,それに基づくキラル物性や反応性が注目されている.salen配位子自体は,直鎖状の構造をもつが,金属と4つの配位サイト(2つのNと2つのO)で相互作用することで,salen分子の形状が既定される.複数のsalen部位をもつ配位子を,金属と錯形成させると,分子の中心に酸素で囲まれた求核サイトが形成され,新たな金属カチオン安定化サイトとなる.中心部位にゲスト金属を導入すると,立体障害により,らせん分子となる.このらせん分子は,興味深いことに,溶液状態と結晶で,ヘリシティーの偏りが異なり,溶液中では右巻きがわずかに存在するが,結晶では左巻きと右巻きが1:1で,あるいは,左巻きのみが存在する.いずれも,結晶を溶解させると元の平衡比へと戻る.1)また,中心の酸素サイトのゲスト金属種を変化させることでヘリシティーが変化する仕掛け,2)短い分子,長い分子を認識してヘリシティー制御を行う仕掛けなど,興味深い分子技術について話を伺うことができた.3)2.高坂亘先生(東北大学)「酸素分子の電子スピンを見分ける多孔性配位高分子磁石」:多孔性配位高分子の分野において,ガスのような化学的刺激に応答する磁性材料の開発が大きな挑戦課題の1つである.水車型ルテニウム二核錯体を電子ドナー,2,5-dimethoxy-7,7,8,8-tetracyanoquinodimethane(TCNQ(MeO)2)を電子アクセプターとして,それぞれをビルディングブロックとして自己集積することで二次元層状の連続構造が得られる.この化合物は,窒素,二酸化炭素,酸素に対して吸脱着能を示し,ガス下における磁気測定を行ったところ,反磁性である窒素や二酸化炭素下では,フェリ磁性を示したのに対し,常磁性ガスである酸素下では,酸素圧に応じてフェリ磁性から反磁性への相転移が観測された.ガス雰囲気制御下における単結晶X線構造解析では,窒素と低圧酸素で吸着ガス分子まで含めて同構造であることが確認できる.それにもかかわらず,磁性に違いが現れるのは,二次元層状構造に吸着された酸素分子のもつ電子スピンが,層間の磁気相互作用を媒介していることを示す.すなわち,この化合物は酸素のもつ電子スピンをその固有の磁気応答により識別できる,新たなガス応答性多孔質磁石である.4)現象が発現する条件下での構造解析を行うことで,新しい磁気秩序機構に基づく分子デバイス創製など,イノベーション創出の鍵になる研究へと昇華したお話を伺うことができた.3.鈴木康介先生(東京大学)「金属酸化物ナノクラスターの精密設計とその機能」:金属の原子数,組成,配列などを一原子単位で自在設計する精密無機合成が可能になれば,相乗的・相補的な機能集積や電子状態の制御により,新物質の創製や新機能の発現に向けた新たな材料科学を展開できる.ディスクリートな分子状金属酸化物として知られるポリオキソメタレートは,[XM 12O 40]n-や[X 2M 18O 62]n-(X=Si,Pなど,M=W,Mo)の代表構造が知られているが,構造の一部を欠落させた構造も準安定構造として単離することができる.欠損型ポリオ74日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)