ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

高場圭章,長谷川和也,竹田一旗図8精密電子密度の分析.(Analyses for the accurate electron density.)(a)水素結合の解離エネルギーを水素原子と水素結合受容体(A)との距離に対してプロットした.発色団(Chr)が関連する水素結合を大きめの●(赤色:AがOηの場合,マゼンタ:AがO 2の場合,緑色:それ以外の場合)で,その他の水素結合を灰色の小さい●で示27す.また,小分子の解析からの近似曲線)を比較のために黒色の実線で重ねた.(b)NCI解析の結果.RDG等値面(s(ρ)=0.4)をsign(λ2)ρの値によって着色した.青色,緑色および赤色はそれぞれ強い引力的相互作用,弱い引力的相互作用および斥力的相互作用を示す.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.の水素結合も検出することができた(図7b).発色団においてフェノラート環のCδ1は,イミダゾリノン環のN 2とCH…N型の水素結合を形成していた.OηとO 2においても,従来型の水素結合に加えてCH…O型の水素結合が周辺残基と形成されていることが確認できた(図7c,d).また,Cζ-Oη結合は量子化学計算モデルの多くは二重結合(~1.24 A)に近い長さを,既存の結晶構造の多くは二重結合か単結合(~1.38 A)に近い長さを示していたが,今回得られた結合長は1.5重結合に相当する長さ(1.315(8)A)であった.4.3分子内相互作用の詳細GFPにおける水素結合の解離エネルギー(De)値については,小分子の場合と同様に水素結合の長さと高い相関が見られた(図8a).発色団のOηとWat 3の間のより強い相互作用(38 kJ mol-1)は,直線的に整列したOηの孤立電子対とWat 3の水素原子によって実現されている.他方,OηとTyr145,O 2とGln69の間の非従来型結合は非常に弱く(~5 kJ mol-1),容易に解離してしまう程度である.ただし,そのような弱い相互作用であっても,光誘起電子移動の経路となりうることは計算化学シミュレーションで指摘されていた.28)発色団の2つの環を架橋するCδ1H…N 2結合のD e値は11 kJ mol-1であり,環の間の平面性に十分寄与することが可能である.これによって発色団の揺らぎが抑制され,励起エネルギーが効率良く蛍光に変換されることが説明できる.引き続いて,NCI表面によって発色団と周辺残基の間の相互作用を分析した(図8b).この分析では,非従来型も含めた水素結合に加えて,弱い閉殻原子間相互作用を検出することができる.発色団とThr62の水素原子との間には弱い引力的なCH-π相互作用が存在する.一方,Thr62のカルボニル基の非共有電子対と発色団の間には,比較的強い引力的相互作用(lp-π相互作用)が検出された.この相互作用により,Thr62のカルボニル基から発色団への電荷移動が引き起こされ,光励起時の効率的な電子遷移が実現している可能性を指摘できる.このように,機能発現部位の電子分布および周辺残基との相互作用を詳細に調べることで,タンパク質の機能や物性を決定づけている要因について実験で得られる電子密度からも明らかにしていくことが可能となる.さらに今回は,GFPを研究対象としたためにさまざまな量子化学計算の結果とも比較することができた.5.おわりに本稿で示したように,超高分解能の回折データを使用して精密解析を行うことで,タンパク質であっても,物性や機能に関連する電子分布の特徴を明らかにすることが可能となる.ただし,このような解析方法を適用するためには,これまでに報告された解析例から判断すると最低でも0.96 Aの分解能が必要である.2)この条件に当てはまるタンパク質結晶は稀であり,現状では対象が限定される.さまざまなタンパク質に幅広く適用できる環境を整えていくためには,ビームラインの整備や変異導入による回折データの分解能の向上に加えて,解析可能な分解能限界の緩和についての努力も必須である.ただし,分解能が制限される状況では,熱振動と価電子の異方的特徴を分離することが難しくなってくるため,適切な多極子パラメーター初期値の選定や制約条件の調整も重要である.GFPの解析ではMAMを適用する原子を温度因110日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)