ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2
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日本結晶学会誌Vol62No2
神谷信夫図3電子密度図とPSIIダイマーに含まれる2個のOECの平均構造.16,18)(Electron density maps and averaged structureof two OECs in the PSII dimer.)青の電子密度図は5σ,緑のオミット差フーリエ図は7σのレベルで描かれている.Mn,Ca,オキソ酸素,水の酸素原子はそれぞれ,紫,黄,赤,橙で示した.図中の数字はA単位の平均距離.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.素を発生させる過程で水から電子を引き抜き,後続の二酸化炭素を還元する酵素群に受けわたしている.PSIIは分子量が5万程度の疎水性コアサブユニット4個(D1,D2,CP43,CP47)と,分子量1万程度の疎水性小サブユニット12~13種類(cyt b-559やPsbIなど)がチラコイド膜の中で会合し,さらにこの会合体に,膜表在性の親水性サブユニット3種類が結合した複雑な形態をもつ超分子複合体である(電子付録の図S-4参照).この複合体の内部には多数のクロロフィルやヘム,カロテノイド,酸素発生錯合体(OEC),脂質などの補因子と,基質となる水分子が内包されている.これらを含むPSIIモノマーの分子量は35万,結晶の非対称単位を構成するダイマーでは70万にも及ぶ.OECには4個のMn原子と1個のCa原子が含まれ,マイナス2の電荷をもつオキソ酸素で結ばれているが,OECの化学組成と構造は長い間未解明のまま残されていた.PSIIの酸素発生反応は,有名なKokサイクルモデルによって説明されてきた.PSIIが太陽光の光子を1個ずつ吸収すると,それに呼応してOECから電子が1個ずつ放出され,その酸化数がS1状態から順に,S2状態,S3状態へと上昇する.3個目の光子を吸収するとS4状態と呼ばれる遷移状態を経てS0状態となり(この過程で2個の水分子から4個の電子が引き抜かれた酸素分子が生じる),4個目の光子を吸収してS1状態に戻る.ここでPSIIの結晶構造解析の歴史を振り返ると,2001年から2004年の間にわれわれも含めて3つの研究グループから独立に分解能3.8~3.5 Aの結果が報告され,12-14)2009年には2.9 A分解能まで改善されたが,15)注目されるOECの構造を明確にすることはできなかった.これはOECの構造を規定している金属-オキソ酸素間の結合距離が,Mn-オキソ酸素間で1.9 A前後,Ca-オ*図S-4, 5は, J-Stageの電子付録(Supplementary)をご参照下さい.キソ酸素間で2.4 A前後と予想されていたのに対して,2.9 Aまでの分解能ではこれらの結合距離に見合うものを特定できなかったためである(電子付録の図S-5参照).一方,Kokサイクルモデルが提案された1970年以来,EXAFSやESR,赤外分光法などにより,OECの酸素発生反応について膨大な情報が蓄積されてきた.また計算化学的な研究も行われさまざまな反応機構のモデルが提案されたが,いずれもOECの構造情報を基礎としていないために定説となるには至らず,結晶構造解析により新たなブレイクスルーがもたらされることへの期待が高まっていた.われわれの研究グループ16-18)から2011年に報告された1.9 A分解能の結晶構造は,PSIIの酸素発生機構に関する研究をまったく新しいステージに導くものとして高い評価を受けた(図3参照).その後の10年間に,これを基礎として,すでに得られていた情報のまとめが行われ,また新たな研究が展開されて,現在では酸素発生機構の全容解明まであと一歩というところまで来ているように思われる.さてすでに述べたように,タンパク質の結晶構造解析では制限付き最小2乗法がもっぱら用いられるが,PSIIのOECのように,文字どおり初めて構造が明らかにされた補因子については,どのような制限構造を用いればよいのであろうか?ここでわれわれが採用した戦略は,(1)まずOECの領域を除くPSIIの結晶構造を精密化し,(2)その結果の電子密度図から金属原子を同定,(3)数サイクルの精密化作業の後のオミット差フーリエ図からオキソ酸素と,金属原子に直接配位した水分子を同定してOECの制限構造を構築し,(4)さらに数サイクルの制限付き最小2乗法を適用して最終的な構造とするというものであった.(2)と(3)で得られた電子密度図とオミット差フーリエ図は,それぞれ図3に示した最終的なものとよく一致していた.なお構造精密化の最終段階では,非対称単位を102日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)