ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

日本結晶学会誌62,99-105(2020)ミニ特集精密構造解析生命科学の飛躍のために一層深まるタンパク質結晶学の役割~X線結晶構造解析と構造生物化学大阪市立大学複合先端研究機構神谷信夫Nobuo KAMIYA: Protein Crystallography for Progress in Life Science: X-ray CrystalStructure Analysis and Structural Biological ChemistryADP-Ribose pyrophosphatase reaction was traced by cryo-trapping protein crystallography atatomic resolutions around 1 A. Several intermediate states were identified but dynamic structure changesin a climax of the hydration reaction were blurred by instabilities of the transition state. Crystal structuresof photosystem II(PSII)were resolved at resolutions around 1.9 A. Two structures of the oxygenevolvingcomplex(OEC)in a PSII homodimer were clearly different in an asymmetric unit under athreshold of radiation dose, 0.12 MGy, although the polypeptide frameworks of PSII, surrounding theOEC, were the same with each other. The reaction mechanism of ADPRase and the OEC structurealteration of PSII were discussed considering atomic parameter errors and reliabilities of their structures.1.はじめにタンパク質の結晶構造が1970年前後から報告され始めてすでに半世紀が経過している.1)この間に分子生物学からタンパク質工学が発展し,試料の調製量が増大して精製度が上がり,結晶化に成功するタンパク質の数が増えた.世界中の放射光施設に多くのタンパク質結晶構造解析用ビームラインが建設され,その高輝度特性により良質のデータが得られるようになり,回折強度測定に要する労力も著しく軽減された.また,コンピュータのハードウェアとソフトウェアの発達により解析ツールも整備されて,新しく結晶構造が報告されるタンパク質の数は指数関数的に増大した.その結果,プロテイン・データ・バンク(PDB)への登録数はすでに十万件を超えている.こうして蓄積されたタンパク質の膨大な構造情報は量子化学計算や分子動力学計算に利用されて,産業界では新薬の開発が盛んに行われている.まさにタンパク質の結晶構造解析は,現在の生命科学と構造生物化学の発展に重要な役割を担ってきたと言える.しかしここで改めて結晶学の立場からタンパク質結晶構造解析の現状を見直すと,PDBに登録された構造情報にはいささかの危うさも垣間見える.2.タンパク質のX線結晶構造解析結晶学会誌の読者には改めて記すまでもないが,無機物,有機物,生体高分子を問わず,一部の完全に近い半導体材料を除くあらゆる化合物のX線結晶構造解析は,結晶(すべて同一・均一の単位格子が並進対称によって日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)積み上げられたものと定義されている)に入射したX線が指数h,k,lの反射面で1回だけ反射すると仮定した運動学理論の下で,以下に示す3つの基本方程式に従って行われている.2)F hklF hklxyz , ,2VI hklNn 1fen2 ihx n ky n lz n1 2 ihx ky lzF hkl eh k l(1)(2)(3)式(1)は,逆空間(または回折空間)の逆格子軸a*,b*,c*で規定される指数h,k,lの反射に対する,結晶構造因子F(h k l)の振幅|F(h k l)|と回折強度I(h k l)を関係付けている.ただし両者の間のスケール因子などの補正はすでに終了しているとしている.式(2)は,実空間の結晶軸a,b,cで規定される座標x n,yn,znにある原子nから散乱された振幅f nのX線の波を,単位格子内の全原子N個にわたって足し合わせた結晶構造因子であり,実空間から逆空間へのフーリエ変換により導かれる.式(3)の電子密度分布ρ(x, y, z)は,式(2)の逆フーリエ変換にあたるが,結晶構造因子F(h k l)の位相は回折実験からは得られないため,別に求めた初期位相を構造精密化の過程で改良して用いられることになる.また式(3)のVは単位格子の体積,求和は,フーリエ変換の原理に従って,指数h,k,lそれぞれの負の無限大から正の無限大までの範囲にわたる.しかしながらこれはあくまで理論上の話であって,実99