ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

平田邦生などから放射線損傷を考慮した最適露光条件を設定しデータを順次測定する.ループが著しく傾いていなければ,この方法で各結晶から良好なデータ収集が行えることを確認した.この測定手法は大前提として,各結晶が互いにランダムに配向しているものと仮定しており,数十~数百の結晶からのデータを集めればマージして必要な回折強度データを得ることを想定している(multiplesmall wedge法).筆者はこの手動データ収集プロトコルを利用して預かった試料(オレキシン受容体)の測定を行った.休憩時間を含む約16時間の測定の結果,クライオループ50個を利用し,5°分のデータを419データセット収集しデータ処理の結果,1.95 Aという高分解能での14)データ収集に成功した.特に大変だったのはデータ処理であった.回折データの指数付・積分はすべてのデータセットに対して独立に行わなければならない.筆者はHKL2000(GUIベース)を利用していたが,回折データの指数付・積分を419回繰り返すのにはさすがに骨が折れた.ラスタースキャンやデータ収集を行っている合間の時間は常にデータ処理をしていた記憶がある.逆にいうと測定事前に気にしていた“本当に三次元センタリングをせずにデータ収集が可能なのだろうか?”という不安は杞憂であり,むしろデータ処理に集中できる程度に測定は非常に安定に行えていた.データ処理にしても筆者は時間をかけて単純作業を繰り返しているだけであることも身にしみてわかった.この実験を通して以下の2つの自明な結論を得た.1つはこの測定スキームは自動化が可能であるということ.2つ目は初期データ処理は手動でやる必要がないということである.自動データ収集システムが実現すると確信をもったのもこの16時間の経験の結果であった.上記2つの結論から次の開発項目は明らかであった.自動データ収集に必須なコンポーネントはゴニオメータ上のクライオループをセンタリングし,二次元ラスタースキャンの領域を自動的に決定することであった.また自動データ処理システムの開発も急を要した.筆者は山下恵太郎氏にデータ処理プログラムXDSを利用した自動データ処理システムの開発を依頼するとともに,自らは自動センタリングプログラムの開発を開始した.自動センタリングプログラムの要件は,1)X線同軸顕微鏡のクライオループ画像を取得してその外形形状の中心をX線照射位置に合わせる.2)クライオループがX線視点で最も大きく見える回転角度を決定する.3)ループの外形をカバーするように二次元ラスタースキャンの矩形を決定することであった.プログラミング言語としてPythonを利用して上記機能を実装したプログラムの名称はINOCCとした.INOCCの実装後,それぞれのプログラム(INOCC,SHIKA,KUMA)の実行,実行結果を集約し各測定(ラスタースキャン,データ収集)条件ファイルを作成し,SPring-8ビームライン制御プログラムBSSに測定開始命令を出す司令塔プログラムの開発(現:ZooNavigator)を行い,現行ZOOシステムのプロトタイプを完成させた.15)2015年の7月ニューヨークで行われたSRI(International Conference on Synchrotron RadiationInstrumentation)出発直前の朝,システムを完成させることができ,移動の間中オーラル発表の動画や資料の準備をしたことが懐かしい.この発表は多くの放射光施設のタンパク結晶ビームラインスタッフに大きなインパクトを与えたと伝え聞いたし,そうであったと自負している.その学会が終わる頃にはデータ処理プログラムのプロトタイプも完成していた.オレキシン受容体のデータ処理とデータマージの結果は初期こそHKL2000の結果(強度統計値)が良かったものの,山下博士の入念なデータ選定プロトコルの精査と実装の試行錯誤によってものの1カ月程度でよりよいマージ結果を簡単に生み出せるプログラムが誕生した.このプログラムの命名には開発初期から1年ほどかかったと記憶しているが最終的にKAMOとなった.16)開発したZOOシステムを利用することで自動的に微小結晶から大量にデータ収集を行うこと,データ処理・データの完成までがほぼ自動で行えるようになった.GPCRのLCP結晶のように微小だが回折能の高い結晶が大量に得られる場合に高分解能構造決定することが劇的に容易になった.17-21)これらの事例から結晶数百個を利用した構造決定がもはや茶飯のように実現されていることがわかる.初期の頃のBL32XUにおける測定に比較して,これはパラダイム・シフトと言って良い.このシステムをベースに筆者は大きな結晶に対する自動データ収集機能をZOOに追加することとした.最初の測定スキームで実装しなかった三次元センタリングを実装すれば手動で行っているほぼすべてのデータ収集が自動化できると考えた.手始めに単点露光でフルデータセットを測定するスキームを実装した.最初の工程はMultiple small wedgeスキームと共通だが,ラスタースキャンでのSHIKAヒートマップの解析の際に異なる結晶認識手順を実装する必要があった.Multiplesmall wedgeでは結晶が密集している場合にSHIKAヒートマップ上のグリッドが連続していても仮定(入力)した結晶サイズ分の距離が離れていれば異なる結晶であると判断する必要があった.しかしながら1ループに1結晶がのっている場合にはSHIKAヒートマップ上連続しているグリッドは同じ結晶であるとみなすことが必要である(厳密には連続しているからといって同一な結晶でない場合もある).そこで単点露光スキームでははじめに行った二次元スキャンのヒートマップ上で連続している有効グリッドが結晶であると認識する機能を開発88日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)