ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

高難度タンパク質微小結晶構造解析の汎用化を実現した迅速自動データ収集システムの開発出された活性種が結晶の整然さを乱し,回折強度シグナルの低下・結晶格子定数の変化・モザイク角の上昇などを引き起こし高精度データ収集を妨げる.この問題がBL32XUで利用可能となった高フラックス・微小ビームにより“顕著化”されたのである.世界的な観点からは,当時すでにそれを定量化し適切なX線露光条件(X線の減衰率,露光時間)を見積もる測定方法は存在した.吸収線量を用いたタンパク質結晶の放射線損傷量の見積もりである.放射線損傷量は吸収線量(物体がX線照射によって単位重量当たりの吸収するエネルギー量J/kg=Gy)によって決まり,凍結タンパク質結晶試料の回折能は吸収線量20 MGyでおおよそ半分になるという指標である.2)BL32XUでは1/3秒程度の露光でもHenderson limitである20 MGy程度の吸収線量に到達してしまう.ところが,当時国内で吸収線量を測定事前に計算し,露光条件を設定して測定を行う実験者がほぼ皆無だった.「この結晶から180枚のイメージを収集する場合には1枚当たり5秒程度X線を照射できる」といった他ビームラインにおける経験的な条件のままBL32XUで測定をすると,1枚目だけ非常に分解能が高く,残りは重篤な損傷を含むデータセットを取得することになる.そうしたユーザも少なくなかった.このためまず筆者はプログラムRADDOSE 3)を用いて実験事前に吸収線量を計算し,データ収集時の露光条件を決定するインストラクションを進めた.さらに「ヘリカルデータ収集法」4)をビームラインの標準測定法として採用した.ヘリカルデータ収集法ではデータ収集中の結晶の回転に加えて露光点(正確には結晶)の並進を行う.特に結晶サイズに比べてビームサイズが小さい場合に有効で,露光点の並進により各結晶体積の重篤な損傷を軽減したデータ収集ができるという利点がある.また,結晶体積全体に均等に損傷量を分配できることも重要な特徴である.運用開始当初のBL32XUではビームサイズが最大10μm程度であったのに対し,100μm以上の結晶が測定対象として多かったため,この方法を用いることで比較的良質な回折データ収集が実現できるようになった.ただしこの時点では“ヘリカルデータ収集における吸収線量計算”は実装できていなかった.2010年の中ごろから脂質メソフェーズ法で結晶化された膜タンパク質結晶がBL32XUに多く持ち込まれるようになった.脂質メソフェーズ法はタンパク質を脂質二重層に再構成させた状態で結晶化させる方法で,これまでの膜タンパク質の結晶化法に比較して回折能が高い結晶を得やすいという特徴がある.一方でこの方法で得られた結晶(以下LCP結晶)はあまり大きく成長しないケースが多かったので,高フラックス微小ビームとの相性が非常に良かった.BL32XUにおいて初期スクリーニングのLCP結晶から3 A以上の高分解能回折が得られる日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)こともしばしば経験した.しかし,この脂質に埋もれたLCP結晶構造解析を行うための新たな問題に直面した.まずLCP結晶は可視光下のビームライン顕微鏡で視認が難しいという点である.クライオループ上に結晶だけでなく結晶化条件に含まれる脂質を多く含んで冷却するため,「非晶質で透明な抗凍結剤に視認可能な結晶が浮いている」という状態ではない.すなわち,X線と試料位置を合わせるという作業(以下センタリング)が基本的にはできない.この場合にはX線を用いた二次元走査が必須となる(以下(二次元)ラスタースキャン).試料ホルダー(クライオループ)を並進させながらX線でラスタースキャンし,検出器上に回折像が確認された位置に結晶があるとみなす方法である.ラスタースキャンは単に結晶を探索しセンタリングするために行うので,結晶の放射線損傷は極力抑える必要がある.“結晶が見つかる程度”の回折シグナルが得られる低吸収線量でラスタースキャンを行う必要があり,各試料の回折能に合わせた条件選定を行うのに試行実験を多く必要とした(現在では波長1 Aならば2×10 10 photons/frame照射して5 Aより低角領域に回折点が見られない場合にはデータ収集を行わない,としている).X線検出器の読み出し速度がラスタースキャンの時間を規定し,測定時間の大半がこの工程に費やされることも問題となった.BL32XUで利用できる最大ビームサイズは10μm角,よく使われているクライオループの大きさが150~500μm角程度であった.150μm角のスキャンでも縦15×横15=225枚のイメージを取得しなければいけない.当時,BL32XUの回折計に搭載していたCCD検出器(Rayonix社MX225HE)は高い検出効率を有していたが読み出しには1秒程度かかった.さらにラスタースキャン1枚ごとにシャッターを開閉する制御を行っていたため,この工程だけでも測定完了までに最低15~20分程度の時間を要していた.測定中~測定後にはイメージを見ながら結晶の有無を確認し,高精度なセンタリングを完了する工程で30~45分程度の時間を要していた.微小ビームが利用できることで決定できる結晶位置精度は高かったが,この工程にかかる時間を短縮することが測定効率向上の鍵であった.X線検出器を高速読み出しに置き換えることが最も効率の良い対策であると考えたため,我々はまず読み出し速度10~80 Hz(ピクセル分解能を落とせば読み出し速度向上)で測定が可能なCCD検出器Rayonix社製MX225HS(High Speed)を新たに導入した.これによりラスタースキャンに要する時間を劇的に短縮した.さらにこの検出器を利用したシャッターレス測定を実現した.それまでの測定では1点の観測につき,ゴニオメータの指定した座標へ移動して停止させ,シャッターを開けてイメージを取得,シャッターを閉じて次の露光点へ移動,という工程を繰り返して測85