ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No2

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概要

日本結晶学会誌Vol62No2

コリネバクテリアのヘム取り込みの仕組み図2HtaAのN末端ドメインの結晶構造.(Crystal structureof the N-terminal domain of HtaA.)(a)全体構造.ヘムをスティックモデルで表示.(b)ヘム結合部位の拡大図.を形成しており,その一部はバレル様構造をとっていた.このβ-sheet骨格の端のループ領域にヘム結合部位があった.ヘムはループ領域に形成された疎水性ポケットに入っていたが,ポルフィリン環の約半分は溶媒領域に露出していた.ヘムが溶媒に露出した構造は多くのヘモフォアで報告されており,ヘムの過渡的な結合という機能を反映していると考えられる.次に,ヘムの結合部位を詳細に見ていきたい(図2b).ヘム鉄はTyr58を軸配位子とする5配位構造をとっていた.Tyr58近傍のHis111はTyr58と水素結合を形成しており,ヘム親和性を制御していると考えられる.ヘムの裏側ではPhe200がヘムにπ-π相互作用していた.ヘムの親水性置換基であるプロピオン酸基はSer54とTyr201の側鎖とそれぞれ水素結合を形成していた.これらヘム認識にかかわるアミノ酸はHtaA-N,HtaA-C,HtaB間でよく保存されていたが,ヘムの配向には違いが見られた.ヘムは一見,対称な分子構造に見えるが,置換基が非対称な位置にある.電子密度からヘムの向きを決定した結果,HtaAの2つのドメインではヘムの向きが表裏逆に結合しており,HtaBでは両方の配向が混在していた.さらに,著者らはHtaA-Cにおいてヘム親和性の制御にかかわると考えたHis434(HtaA-NのHis111に相当)をアラニンに置換したH434A変異体を作製し,ヘムが結合していない状態(アポ型)の結晶構造を決定した(図3a).HtaA-C_H434A変異体はβ1とα1を含む領域がドメインスワップした二量体を形成していた.このとき,ヘム結合型では軸配位子となっていたTyr383が別分子のヘム結合領域に入り込んでいた.著者らはこの二量体構造がヘム輸送の中間体を模倣していると考えた.すなわち,CRドメイン同士のヘム輸送では,ヘム結合型(ドナー)とアポ型(アクセプター)が一時的に複合体を形成する(図3b).このとき,アクセプター側の構造が部分的にほどけてドナーのヘム結合部位に入り込んでヘムを獲得する.ヘムを獲得するとほどけていた構造が折り畳まれる.ヘム輸送において過渡的複合体を形成するという仮説は冒頭日本結晶学会誌第62巻第2号(2020)図3グラム陽性菌ヘモフォアにおけるヘムリレー輸送.(Relay-transfer model of heme in hemophore fromGram-positive bacteria.)(a)HtaA-C_H434A変異体の結晶構b)造過.(渡的な複合体の形成を伴ったヘムリレー輸送のモデル図.に紹介したIsdシステムにおいても提唱されている.5)このようなリレー式輸送では受け渡しの度にヘムの配向は逆になるはずであるが,実際にIsdシステムではヘムが輸送される順IsdH→IsdA→IsdCに従ってヘムの配向が逆になっている.コリネバクテリアでは,HtaAの2つのドメインでヘムの向きが異なるが,HtaBはどちらからでもヘムを受け取ることができるように両方の配向をとりうると考えられる.さらに,HtaBからヘムを受け取るHmuTの結晶構造においてもヘムの向きが混在しており,この仮説を支持している.6),7)ヘムの受け渡しにおいて,タンパク質の一部分がほどけてヘム結合部位に侵入するという機構はいささか荒唐無稽と思われるかもしれないが,IsdHとヒトのヘモグロビンの複合体や,インフルエンザ菌のヘモフォアであるHxuAとヒトのヘモペキシンの複合体の結晶構造において,ヘモフォアのループ領域がヘム結合部位に入り込む様が観測されている.8),9)コリネバクテリアにおいて見出された新規なヘム取り込み系について,結晶構造を基にヘム認識・輸送機構について議論することができた.しかし,ヘムの取り込みという動的な仕組みを理解するには知見が足りない.ヘム取り込み系を構成する個々のタンパク質の構造だけではなく,ヘム輸送において過渡的に形成される複合体の構造情報が必要となるだろう.コリネバクテリアにおいて宿主のヘムタンパク質からヘムを獲得する機構やHtaAがもつ2つのドメインの生理的な機能の違いも未解決であり,さらなる研究の発展が期待される.文献1)J. E. Choby and E. P. Skaar: J. Mol. Biol. 428, 3408(2016).2)杉本宏:日本結晶学会誌59, 166(2017).3)C. E. Allen, et al.: J. Bacteriol. 195, 2852(2013).4)N. Muraki, et al.: Chem. Comm. 55, 92(2019).5)Y. Moriwaki, et al.: PLoS ONE 10, e0145125(2015).6)N. Muraki, et al.: Chem. Lett. 45, 24(2015).7)N. Muraki, et al.: Int. J. Mol. Sci. 17, E829(2016).8)C. F. Dickson, et al.: J. Biol. Chem. 289, 6728(2014).9)S. Zambolin, et al.: Nature Comm. 7, 11590(2016).79