ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1

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概要

日本結晶学会誌Vol62No1

長波長X線を利用したタンパク質結晶構造解析ピュラーな位相決定法であるから,成功例の少なさはデータの質が悪いことに起因すると考えざるを得ない.実際,これまでのNative SAD用のデータ測定は,MXビームラインで利用可能な長波長側(1.7~2 A),あるいは実験室線源のCuKα,CrKα(それぞれ波長1.54 A,2.29 A)を用いて行われてきた.しかも,異常分散効果が小さい波長であるにもかかわらず測定は通常と同一のセットアップで行われ,試料自身,あるいは試料-検出器間の空気によるX線の吸収・散乱への対応は限定的であった.これらがデータの精度を悪化させ,位相決定に必須な異常分散シグナルの検出を困難にした原因と考えられる.このような過去の実績から,より大きな異常分散効果が期待できる長波長X線を用いること,そして長波長X線に最適化されたデータ収集を行うことが,NativeSAD位相決定に必要であることは明らかである.しかもSe-SAD並みのアクセシビリティを考えるなら,一時的なセットアップではなく,常時長波長X線によるデータ測定に最適化された環境が望ましい.現存するMXビームラインでは,Diamond Light SourceのビームラインI23 5,6)およびKEK Photon FactoryのBL-1A 7)のみが,この条件を満足する.前者は測定環境を真空にすることで,後者はヘリウムガス雰囲気にすることで,長波長X線による回折データ収集の困難を解決している.図2試料導入口EIGER検出器BL-1A回折計全体を覆うヘリウムチャンバーと,V字配置の2台のEIGER検出器.(Standing heliumchamber enclosing the whole diffractometer at BL-1A.Two EIGER detectors are configured in V-shape.)2.長波長X線に最適化された回折データ収集2.1 Photon Factory BL-1ABL-1Aは,Photon Factoryの5本のMXビームラインの1つとして2009年に建設された.Native SAD法によるタンパク質結晶の位相決定を主目的とし,波長2.7~3.3 Aの長波長X線を用いて日常的にデータ収集が可能な環境を実現している.試料からの回折X線がX線検出器に入るまでのビームパスは,検出器を含んだ回折計全体を囲うチャンバーによってヘリウムで満たされており,吸収・散乱によるシグナル低下・バックグラウンド増大を防いでいる(図2).ビームパスを空気からヘリウムに置き換える効果は波長1 A付近でも顕著で,タンパク質結晶からの微弱な回折X線の検出を助ける(図3).BL-1Aでは,利用可能な波長領域(0.96~1.1 A,1.9 A近傍,および2.7~3.3 A)すべてにおいて,セットアップを変更することなく常時ヘリウム環境下での低バックグラウンド回折実験が可能である.X線による試料の放射線損傷を低減するため,通常のMXビームライン同様,温度95 Kの冷却ガスを試料に吹き付けながらデータ収集が行われる.違いは窒素ガスの代わりにヘリウムガスを用い,吹き付けたガスを循環させて再利用している点である.こうすることで高価なヘリウムガスで試料部を冷却し続けることが可能となる.日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)90 9図3大気およびヘリウム雰囲気での回折イメージのバックグラウンド.(The background diffraction images underair and helium atmosphere.)冷却ガスやビームパスがヘリウムであること以外は通常のMXビームラインと試料まわりに違いはない.標準の試料ホルダー(クライオピン)を用いてほかのビームラインとほぼ同じ操作で実験を行うことができる.試料の交換は,標準の試料カセットUnipuckに対応した専用のサンプルチェンジャー8)によってのみ行われる.サンプル位置での集光ビームサイズは約13μm(FWHM),波長1.1 A,2.7 Aでのフラックスはそれぞれ0.9×10 11光子/秒,1.3×10 11光子/秒である.10μm程度の結晶,あるいは結晶の良質部分のみにビームを当ててデータ収集することができる.幅広い波長領域のX線強度を調整できるよう,アルミニウムとベリリウムの薄膜を組み合わせたアテネータが準備されている.試料の回転軸にはヘリウム環境下で動作可能なメカニ57