ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1

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概要

日本結晶学会誌Vol62No1

パーシステントホモロジーを用いた非晶質物質の回折パターンの理解と二体相関に潜んだトポロジーの抽出アモルファスSiのPD液体SiのPDDeath d k (A 2 )Death d k (A 2 )S X (Q)Birth b Birth b k (A 2 k (A 2 ))X線のS(Q)Q 3Q 2Q (A -1 )図8アモルファスSiと液体Si(1,770K)のPDおよび構造因子S(Q).21)(PDs and structure factors, S(Q), foramorphous and liquid Si.)造が四面体で密度もわずかに液体のほうが小さいという特徴と対照的であり,その差が図8の構造因子によく現れている.アモルファスでは比較的鋭いQ 2が観測されるのに対して液体ではQ 2とQ3の区別が付かず,どちらかというと液体のS(Q)は図1のCu 50Zr 50ガラスに近く,液体になることにより増大した配位数を反映していると考えられる.また,アモルファスの共有結合的な性質からより金属的になったことを特徴づけているとも言える.PDにもこの特徴はよく現れており,アモルファスは共有結合ネットワークとわかるプロファイルであるが,液体のプロファイルはより原子のパッキングの強い金属ガラス的なプロファイル6)になっている.こういった特徴は,液体とガラスでPDやS(Q)の特徴が比較的類似している21)ガラス形成物質であるシリカと対照的であり,液体からのアモルファス形成メカニズムはシリコン(Si)とシリカ(SiO 2)で大きく異なることを示唆している.6.おわりに冒頭で2015年に他界されたEgelstaffの総説について言及したが,彼は高エネルギー放射光X線を利用して液体の同位体量子効果の研究を今世紀初頭に精力的に行った.34),35)それまでは,フラックス的に不十分なγ線を用いて実験を行っていたので,第3世代放射光施設の出現により利用可能となった高フラックス高エネルギー放射光X線を最も待ち望んでいた研究者であったかもしれ1ない.彼が1983年に発表した総説)で言わんとしたことは,まさに二体相関の限界であり,二体分布関数を非晶質構造の記述子として用いている限り,いくらSPring-8やJ-PARCといった高エネルギーで高強度の量子ビームが使えるようになっても,「古い実験手法の改良の結果」にしかならないことをすでに前世紀に確信していたと言える.その一方で,Zachariasenは1932年にガラスの構造モデルとガラス形成則を提唱していた.29)現代の科学の力をもってしたらZachariasenが提唱していたことを検証することは可能であるが,80年以上前に最先端の量子ビーム実験施設や高度な計算機シミュレーション技術なしに提唱したことは偉業であったと言える.本稿では,数学的なアプローチを取り入れたパーシス日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)テントホモロジーを駆使することにより,非晶質物質の回折パターンの理解と二体相関に潜んだトポロジーの抽出という新たな試みについて解説した.本アプローチがどんな複雑な系にも適用できる万能なツールであるとは現段階では言い難いが,これまで使われてきたリングサイズやチェーンの長さといったトポロジー解析に加えて,穴の形を定量化できる本手法は混合アルカリ効果の原因を考察する有効な手段であることも報告されている.36)したがって,今後こういった新しいトポロジカル解析ツールがさらにさまざまな系に適用されていき,非晶質の構造の理解が深まっていくことを期待したい.謝辞本稿執筆においては,高エネルギー加速器研究機構大友季哉氏,日本原子力研究開発機構鈴谷賢太郎氏,山形大学臼杵毅氏から多大なご助言をいただいた.本研究は,科学技術振興機構個人型研究(さきがけ)「理論・実験・計算科学とデータ科学が連携・融合した先進的マテリアルズインフォマティクスのための基盤技術の構築」(JPMJPR15N4,JPMJPR16N6),科学技術振興機構のイノベーションハブ構築支援事業「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」,JSPS科学研究費基盤研究(A)JP19H00834の支援を受けて実施された.文献1)P. A. Egelstaff: Adv. Chem. Phys. 53, 1(1983).2)鈴谷賢太郎,小原真司:まてりあ41, 206(2002).3)S. Kohara and P. S. Salmon: Adv. Phys. X 1, 640(2016).4)小原真司,大石泰生,高田昌樹,米田安宏,鈴谷賢太郎:日本結晶学会誌47, 123(2005).5)S. Kohara: J. Ceram. Soc. Jpn. 125, 799(2017).6)Y. Hiraoka, T. Nakamura, A. Hirata, E. G. Escolar, K. Matsue and Y.Nishiura: Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 113, 7035(2016).7)J. M. Ziman: Models of Disorder, Cambridge University Press(1979).8)早稲田嘉夫,松原英一郎:X線構造解析,内田老鶴圃(1998).9)T. E. Faber and J. M. Ziman: Phil. Mag. 11, 153(1965).10)D. A. Keen: J. Appl. Cryst. 34, 172(2001).11)R. L. McGreevy and L. Pusztai: Mol. Simulat. 1, 359(1988).12)M. Murakami, S. Kohara, N. Kitamura, J. Akola, H. Inoue, A.Hirata, Y. Hiraoka, Y. Onodera, I. Obayashi, J. Kalikka, N. Hirao, T.Musso, A. S. Foster, Y. Idemoto, O. Sakata and Y. Ohishi: Phys. Rev.B 99, 045153(2019).13)大林一平:応用数理26, 7(2017).14)平岡裕章,西浦廉政:日本物理学会誌1, 1(2017).15)H. Edelsbrunner, D. Letscher and A. Zomorodian: Discrete Comput.Geom. 28, 511(2002).16)A. Zomorodian and G. Carlsson: Discrete Comput. Geom. 33, 249(2005).17)M. Saadatfar, H. Takeuchi, V. Robins, N. Francois and Y. Hiraoka:Nat. Commun. 8, 15082(2017).18)T. Ichinomiya, I. Obayashi and Y. Hiraoka: Phys. Rev. E, 95, 012504(2017).19)J. M. Chan, G. Carlsson and R. Rabadan: Proc. Natl. Acad. Sci.U.S.A. 110, 18566(2013).20)HomCloud. https://www.wpi-aimr.tohoku.ac.jp/hiraoka_labo/homcloud/49