ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1
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日本結晶学会誌Vol62No1
石井真史,上杉文彦,小澤哲也結果であることを考えると,測定法固有の検出限界としてほぼ妥当な結論と考えている.impは主要四成分に対しても適用することは可能である.おおむね各成分impが顕著に高いものを1~2に絞り込むことが可能で,表1の19の主要四成分から,詳細解析の出発点として客観的に確からしい成分を決定することが可能である.2.2.4公知情報を使ったアプローチのまとめここでは典型的な工業材料であるセメントを対象に,いわゆる「先人の知恵」とも言えるデータベースを活用する方法を述べた.公知情報を使った観測データの回帰は,解析の任意性を避けられること,関連データの中での自身の結果の位置づけが明確になることなど,データ駆動のリソースとして必要な統合データの作成モデルの1つになると期待される.3.人工知能を使ったアプローチ3.1「順方向解析」から「逆方向解析」へ2章でも述べたとおり,従来の混合物の分析においては,それらしいスペクトルを直観的に選び出し,シミュレーションを繰り返すことによって,測定結果によく合うようにさまざまなパラメータを調整するのが定石である.これを本論文では,「順方向解析」と呼ぶことにする.ここで少し目を転じて世の中の科学技術の動向を考えると,「人工知能」は外せないキーワードであろう.ニューラルネットワーク(NN,Neural Network)の構築は,後述のとおり特別な知識がなくても簡単にでき,あとは入出力インターフェイスをつければ,画像認識はすぐにできる.人工知能の使い方はきわめて単純で,多くの教師データと正解データを読み込むことで,その対応が正しくつけられるようにNNのパラメータを最適化する.その後にテストデータのみ入力されれば,正解を予測可能というものである.この考えをそのまま二次元計測に適用することは,当然思いつく.例えば多くの二次元X線回折パターンを教師データとして,それに対応する結晶構造を正解データとすれば,学習済みの人工知能は回折パターンから,結晶構造を直接予測することができるであろう.ここで指摘したいことは,前章の一次元の実験から一歩進んで多次元化となること,また従来の方法が「順方向の解析」であるのに対して「逆方向の解析」と位置付けられる点である.学習済みの人工知能は,本論文のテーマである客観性を保証するとともに,高速に結晶構造を予測することができる.ここでのNNの役割は,多くの実験データから正解を導くのに必要な特徴量を見出し,その特徴量を正解に回帰すること,と書き下すことができる.1章で述べたとおり,ラウエは回折スポットが結晶の特徴量であることを見出し,これがブラッグらによって結晶構造解析理論として体系化された.このフローを人工知能がNNのパラメータセット内に折り込むことができれば,原理的には人手による解析は不要になり,2で述べた公知情報を含めたすべてが人工知能の中に集約されることになる.このことは,これまで構築してきたデータベースが,人工知能に置き換わることを示している.ここでは人工知能によるデータベースAI-DBと呼ぶことにする.多次元データの客観・高速分析をもたらすAI-DB実現の可能性の検討はX線回折に限らず,結晶構造解析に関して同様の問題を抱える電子線回折についても進めているので,合わせて紹介しておく.3.2人工知能を使った客観・高速解析3.2.1電子線回折パターンからの結晶構造分類最近まで透過型電子顕微鏡(TEM,TransmissionElectron Microscope)を使った実験における実像と電子線回折パターンのデータセットは,たかだか数十枚程度であった.その中から,見栄えのする画像や想定される結果に近い結果を主観的に選択して解析を行うことは珍しくなかった.すなわち前述のX線回折の場合と同様,従来の方法は必ずしも客観解析とは言い難いものであった.しかしながら,近年TEMで取得できるデータの質と量は飛躍的に増加している.検出器の素子は急速に高精細化するとともに,それを制御するコンピュータの処理速度は高速化し,ストレージも大容量化してきているためである.このような技術革新に後押しされ,走査透過形電子顕微鏡(STEM,Scanning Transmission ElectronMicroscope)像の取得と同時に回折パターンを取得する手法も一般的になってきた.10,11)この手法を使うと数十秒から数分の間に数百~数万枚のデータが取得できる.このような状況においては,人間がすべてのデータを確認することは難しく,取得できたデータを高速に解析する手段を考えなくてはならない.一方,最近は機械学習用のプラットフォームの利用環境が整い,例えば画像識別においては事前学習済みのConvolutional Neural Network(CNN)であるVGG 12)などは誰にでも手軽に利用でき,各分野で目覚ましい成果を上げている.成功事例のほとんどは,動物や車,人などが映り込んでいる情報量がきわめて多い場合の画像認識である.一方,ここで議論する回折パターンは少数の回折スポットで構成されるため,一般的な画像より情報が疎(スパース)であるため,十分な予測ができない可能性がある.そこでまず,スパースな回折パターンに対するCNNの能力を,結晶構造の分類問題として検証した.CNNのライブラリとしてGoogle社の提供するTensorFlow 13)とオープンソースのKeras 14)を用い,Pythonで結晶構造分類プログラムを自作した.ハードウェアは一般に流通しているパーソナルコンピュータと外部接続38日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)