ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1

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概要

日本結晶学会誌Vol62No1

加藤健一は原理的に除外できるため,最小信号レベルは一光子となる.OHGIで採用した検出器モジュールの仕様を改めて確認すると,「Dynamic range:24 bits(1:16,777,216)」と記載されている.正確にはこの数値は,各画素にあるカウンターのダイナミックレンジを示しており,必ずしも1,280画素からなるモジュールとしてのダイナミックレンジを表しているとは限らないことに留意すべきである.実際,3.2で述べたとおり,感度ムラノイズによって検出器としてのダイナミックレンジは10 4程度に制限されている.本稿では,統計学によるソフトウェアを活用し,現状のハードウェアの限界を超えることで,10 5以上のダイナミックレンジを必要とする全散乱計測が可能になることを示した.7.今後の展望最初に述べたX線回折・散乱データの2つの不完全さのうち,散乱強度の不確定さに関しては,感度ムラノイズに焦点をしぼりデータ駆動型アプローチによる解決への道筋を示した.もう1つの不完全さである計測可能なQレンジとQステップについては,まだハードウェア側で解決できることがある.例えば,Qレンジの下限については,全散乱と同時に小角散乱を計測すれば拡張できる.数ナノメートル程度の粒径や細孔サイズをもつナノ材料や多孔性材料では,小角散乱が全散乱に与える影響が無視できなくなる.2)そのため,小角散乱を含めた「真の意味」での全干渉性散乱計測の必要性を強く感じている.上限に関しては,単に入射光波長を短くすれば済むことではない.Qの増大に伴って干渉性散乱に対して非干渉性散乱(コンプトン散乱)が優位になるため,実際に解析に「使える」上限を拡張するには,非干渉性散乱を実験的に弁別することが有効である.13)このため,OHGIとSiドリフト検出器を組み合わせたエネルギー分解型全散乱計測に着手している.一方で,弁別できたとしてもQとともに散乱強度が減衰し精度が悪化することは避けられない.この計測限界を突破することができれば,実空間分解能の向上に寄与できる可能性がある.現在,計測データとその誤差を基に未計測データを統計的に推定する情報アプローチの開発を進めている.以上のように,常に計測限界に挑戦しつつ,その限界を見極め情報科学や統計学などの活用を探るという観点で研究を進めている.本稿では具体的なアプリケーションについては触れなかったが,近い将来,計測限界を突破した先に見える世界を紹介できれば幸いである.謝辞本稿で紹介した内容は,㈱日本技術センター(特に繁田和也氏)の協力によって得られたものである.本研究は,田中義人博士(兵庫県立大学),山内美穂博士(九州大学),尾原幸治博士((公財)高輝度光科学研究センター),初井宇記博士(理化学研究所)との共同研究である.また,JSTのCREST・さきがけ複合領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用(研究総括:雨宮慶幸,副研究総括:北川源四郎)」のさきがけ研究課題「データ駆動型全散乱計測に基づく不均質現象可視化システムの開発と応用(研究者:加藤健一),JPMJPR1872」の支援を受けたものである.放射光実験は,SPring-8の理研物質科学ビームラインBL44B2で行われた.文献1)K. Kato, Y. Tanaka, M. Yamauchi, K. Ohara and T. Hatsui: J.Synchrotron Rad. 26, 762(2019).2)T. Egami and S. J. L. Billinge: Underneath the Bragg Peaks,Structural Analysis of Complex Materials, Pergamon(2012).3)E. Nishibori, M. Takata, K. Kato, M. Sakata, Y. Kubota, S. Aoyagi,Y. Kuroiwa, M. Yamakata and N. Ikeda: Nucl. Instrum. MethodsPhys. Res. A 467-468, 1045(2001).4)A. N. Fitch: J. Res. Natl. Inst. Stand. Technol. 109, 133(2004).5)S. Kohara, K. Suzuya, Y. Kashihara, N. Matsumoto, N. Umesakiand I. Sakai: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 467-468, 1030(2001).6)P. J. Chupas, K. W. Chapman and P. L. Lee: J. Appl. Cryst. 40, 463(2007).7)B. Schmitt, Ch. Bronnimann, E. F. Eikenberry, F. Gozzo, C.Hormann, R. Horisberger and B. Patterson: Nucl. Instrum. MethodsPhys. Res. A 501, 267(2003).8)A. Bergamaschi, A. Cervellino, R. Dinapoli, F. Gozzo, B. Henrich,I. Johnson, P. Kraft, A. Mozzanica, B. Schmitt and X. Shi: J.Synchrotron Rad. 17, 653(2010).9)J. Wernecke, C. Gollwitzer, P. Muller and M. Krumrey: J.Synchrotron Rad. 21, 529(2014).10)Y. Amemiya and J. Miyahara: Nature 336, 89(1988).11)M. Ito and Y. Amemiya: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 310,369(1991).12)R. G. Haverkamp and K. S. Wallwork: J. Synchrotron Rad. 16, 849(2009).13)I. -K. Jeong, F. Mohiuddin-Jacobs, V. Petkov, S. J. L. Billinge and S.Kycia: Phys. Rev. B 63, 205202(2001).プロフィール加藤健一Kenichi KATO理化学研究所放射光科学研究センターRIKEN SPring-8 Center〒679-5148兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-11-1-1 Kouto, Sayo-cho, Sayo-gun, Hyogo 679-5148,Japane-mail: katok@spring8.or.jp最終学歴:名古屋大学,博士(工学)専門分野:放射光計測,X線回折・散乱現在の研究テーマ:不均質反応の全散乱構造解析34日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)