ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1
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日本結晶学会誌Vol62No1
日本結晶学会誌62,26-34(2020)?特集結晶学と情報学の融合データ駆動型アプローチによる放射光全散乱計測理化学研究所放射光科学研究センター,科学技術振興機構さきがけ加藤健一Kenichi KATO: Synchrotron Total-Scattering Measurements by a Data-Driven ApproachA data-driven approach to X-ray response non-uniformity in photon-counting detectors, which isreferred to as ReLiEf(Response to Light Effector), has been developed to realize synchrotron totalscatteringmeasurements for materials with both crystalline and non-crystalline domains. A totalscatteringmeasurement system corrected by ReLiEf, which is called OHGI(Overlapped High-GradeIntelligencer), can give wide-Q-range(0.1~31 A-1)and small-Q-step(10-3 A-1)data with anaccuracy of 0.2%by a single measurement.1.データサイエンスを下支えする計測インフォマティクス昨今,情報科学や統計学などを応用し,各種データがもつ意味や法則性を探り出すデータサイエンスが盛んに行われている.マテリアルズインフォマティクスを始め,バイオインフォマティクスやケモインフォマティクスなど,枚挙にいとまがない.本特集タイトルにもあるように,結晶学も例外ではない.このように融合分野は多岐にわたるが,共通する課題は,実験・解析やシミュレーション,理論計算などでは従来得られなかった(もしくは埋もれていた)有用な情報をいかにデータから推定するか(もしくは発掘するか)ということにある.結晶学では,位相問題に対するアプローチの1つとして情報学への期待は大きい.一方,どのような情報学的アプローチをとるにせよ,推定プロセスや推定結果の合理性を吟味することが大前提である.推定の唯一のよりどころであるデータは常に完全ではないことを踏まえると,その不完全さを評価することが推定結果の検証につながると言える.裏を返せば,データの完全さを少しでも上げることが,得られる情報の信頼性向上につながる.X線回折・散乱によって観測されるデータの不完全さは,位相情報を除けば2つに大別される.1つは散乱強度の不確定さと,もう1つは計測可能な散乱ベクトル長(Q=4πsinθ/λ,θ:ブラッグ角,λ:入射光波長)のレンジやステップは有限であるということである.前者はポアソン分布に従う統計誤差(ポアソンノイズ)を含めた種々の計測誤差で,後者は用いる光学系と計測系の組み合わせで決まる.つまり本来,両者とも計測上の課題であるが,ハードウェア開発だけで解決するにはおのずと限界があるのも事実である.このような計測限界を突破するには,ハードウェアとソフトウェアを高度融合し計測データが本来もつ情報を引き出す計測インフォマティクスの活用がキーとなる.本稿では,前者の計測誤差の課題に統計学を応用したデータ駆動型アプローチと,それによって初めて可能となった全散乱計測について筆者の最近の研1究)を中心に紹介する.後者については最後に展望する.2.材料科学のための全散乱と放射光ビームラインの現状全散乱は,対象試料からの散乱のうち干渉性散乱のことをさす.2)つまり,ブラッグ回折に加えて,格子振動や格子欠陥などによる散漫散乱も含まれる.ただし,コンプトン散乱も散漫散乱の一種とみなされるが,非干渉性散乱であるため全散乱には含まれない.格子欠陥は,結晶内での原子の規則的配列からの乱れ(短距離秩序)をさすことから,全散乱法は結晶だけでなく短距離秩序を中心に形成される非晶質にも適用可能な計測法と言える.完全な結晶質・非晶質材料はきわめて稀であることを考えると,周期性の有無を問わない全散乱法は材料科学において今後,重要な役割を担うことは想像に難くない.全散乱法では,鋭い方向性をもつブラッグ回折と,方向性は鋭くないが特徴的な方向分布をもつ散漫散乱の同時計測を前提としているため,広いQレンジと細かいQステップを同時に満たす光学系と計測系の組み合わせが求められる.しかし,QレンジとQステップは一般にトレードオフの関係にあるため,全散乱法に必要なレベルで両立させることは容易ではない.実際,国内外の放射光施設では,ブラッグ回折の計測に特化した粉末回折ビームライン(BL)3,4)と,散漫散乱の計測に特化したPDFBL 5,6)が独立して存在している.さらに,強度もまちまちな回折・散乱を同時に高い精度で計測するには,明るいX線光源とそれに見合ったダイナミックレンジを有する検出器が必要である.つまり,X線全散乱法は放射光と高度計測システムの活用を前提とした実験法と言える.26日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)