ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1
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日本結晶学会誌Vol62No1
コヒーレント回折イメージングにおけるスパース位相回復アルゴリズムさて,本稿ではコヒーレント回折イメージング(CoherentDiffraction Imaging,CDI)法におけるスパースモデリングを使った位相回復を扱う.スパースモデリングとは説明変数の「シンプルさ」を調整する正則化項として,説明変数の絶対値和で定義されたL1正則化による付加項を用いるものであり,Tibshiraniの提案したLASSO(leastabsolute shrinkage and selection operator)がよく使われる.1)スパースモデリングは,ベイズ定理に基づく最大事後確率(maximum a posteriori,MAP)推定と関連しており*2,L1正則化項は説明変数の事前確率分布がポアソン分布に従うとの仮定に基づいている.計測対象の既知情報(prior information)に合わせて適切な事前確率分布を仮定することが重要であるが,L1正則化では説明変数のほとんどがゼロであり,非ゼロが疎(スパース)に存在する場合に対応している.ここではL1正則化に対応するようなスパースな計測対象として,磁気スキルミオンがスパースに存在するような試料状態をCDI法によって可視化するアルゴリズムを例に紹介する.位相回復アルゴリズムで実空間像を再構成する解析にスパースモデリングを導入し,ノイズや情報欠損を含む計測データからの情報抽出の有用性を示す.2.コヒーレント回折イメージングと位相回復問題2.1コヒーレント回折イメージング近年,X線や軟X線領域のコヒーレント光が発生する放射光やX線自由電子レーザーなどの光源技術の目覚ましい発展によって,コヒーレント光を利用したイメージング研究が世界的に活発に行われている.3)波面が揃った可干渉性(コヒーレント)のあるX線を試料に照射すると,試料の複素屈折率に応じて光の振幅と位相が変調を受ける.試料の観測領域で複素屈折率が一様ではないと,試料を透過した波面は振幅と位相が空間的に変調した波動場として表される.試料を透過した光は空間を伝搬する間に干渉していき,試料からの距離に応じて波面の空間分布が変化していく.試料から近い領域ではフレネル回折となり,十分に遠距離になるとフランフォーファー回折として観測される.後者の領域では,観測面の波動場が試料の透過光をフーリエ変換した波動場として近似できるため,逆フーリエ変換することで透過光の波動場を再構成することが可能である.光検出器で光の波動場を観測しようとすると,光の波面の振幅は計測できるものの,位相情報を取得することができない.コヒーレント回折パターンから逆フーリエ変換によって実空間イメージを再構成するためには,観測面における振幅情報だけでなく波面の位相情報も獲得しなければならない(位相回復問題).試料からの回折パターンと参照波の干渉を使うことで位相情報を取得するホログラフィ法なども知られているが,本稿では反復的フーリエ変換の計算によって位相情報を回復する位相回復アリゴリズムを扱う.2.2離散フーリエ変換X線回折パターンをピクセルサイズが一辺dの正方形でN×N=N 2個のピクセルで構成される二次元検出器で計測することにする*3.すると計測データとしてN 2個の独立な離散データが得られることになる.試料を透過した直後の波動場をf(r)とすると,観測面における波動場(構造因子)F(q)は離散フーリエ変換,F ( q) = F ?? f ( r ) ? ? = f ( r )? 2i ?∑exp?? r ?q?? N ?q(1)によって計算される*4.r=(l,m),q=(u,v)はそれぞれ実空間と逆空間(フーリエ空間)におけるピクセルの位置になっている(0 ? l,m,u,v,<N).前述のように光の観測では各ピクセルに入射した光の振幅のみで位相情報が計測できない.つまり,F(q)=|F(q)|exp[iθ(q)]としたとき,位相分布θ(q)は観測できず,光強度I(q)の平方根に比例する振幅分布|F(q)|∝I(q)のみが観測可能量である.位相回復アルゴリズムでは,初期値として各ピクセルにランダムな位相情報[θ0(q)]を与えてN 2個の複素数で構成される構造因子F 0(q)を準備する*5.複素数は振幅と位相で独立なデータなので,情報量としては2N 2個であることに注意する.この複素数データを離散逆フーリエ変換?1f ( r ) = F ??F( q)?? = 1 F ( q ) ?? r qN? N? ?∑exp 2i2?(2)?rで計算すると,N 2個の複素数データとして試料透過直後における波動場の振幅と位相を反映したf0(r)(実空間画像)が得られる.2.3オーバーサンプリング条件最終的に解きたい実空間像はN 2個の複素数量であり,その未知数の情報量は2N 2個となる.つまり,位相回復問題はN 2個の測定データ(回折データ)から2N 2個の未知数(実空間イメージ)を決定しなければならない問題設*2スパースモデリングのLASSOとMAP推定の類似点と相違点については文献2)を参照されると良い.*3例えば軟X線領域の二次元検出器としてよく使われるPriceton Instrument社製のCCD(charge coupled detector)カメラは,d=15μm,N=2048というスペックである.*4画像解析ソフトImageJや統合型数理解析ソフトIgor,プログラミング言語Pythonなどでは,高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform;FFT)のパッケージが準備されており,この式をわざわざコーディングすることなく離散フーリエ変換を気軽に試すことができる.*5乱数を割り当てた実空間イメージを初期値とする場合もある.それをフーリエ変換して振幅値を計測データに置き換えれば,位相を乱数にした初期値と同じ状況になる.日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)11