ブックタイトル日本結晶学会誌Vol62No1
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日本結晶学会誌Vol62No1
日本結晶学会誌62,10-16(2020)?特集結晶学と情報学の融合コヒーレント回折イメージングにおけるスパース位相回復アルゴリズム物質・材料研究機構統合型材料開発・情報基盤部門山崎裕一Yuichi YAMASAKI: Sparse Phase Retrieval Algorithm for Coherent X-ray DiffractionImagingIn this study, we propose a sparse phase retrieval algorithm(SpPRA), which involves an iterativeFourier transform and sparse modeling(LASSO), and demonstrated that it can retrieve the phasefrom diffraction data including noise and missing information. Considering the sparseness of the targetsample as regularization enables preventing over-fitting the noise and estimating the diffraction dataof the missing region.1.イントロダクション問題解決のプロセスにおいて「仮説を提示するときには最も少ない仮定で解を得るべきである」という思考法がある.14世紀の哲学・神学者であるオッカムが多用したことから「オッカムの剃刀(Ockham’s razor)」として知られる.むやみに仮定を複数出すのではなく,必要なものだけ残し,不必要な仮定はカミソリで削ぎ落してしまおうというものだ.元来,進化論と創造論のどちらがよりシンプルに現世を説明できるかという哲学的な論争において使われてきた思考法であるが,この考え方自体は現代の科学分野においても多く用いられている.ただし,不必要なものを削ぎ落すことに着目するあまり,必要なものを排除しすぎてしまうことにも注意しなければならない.できるだけシンプルに説明すべきだが,物事を単純化しすぎてしまうと本質を捉えられなくなってしまう恐れもある.アインシュタインはその点を危惧し「物事はできる限りシンプルにすべきだが,シンプルすぎてもいけない(Everything should be made as simple aspossible,but not simpler.)」との言葉も残している.問題解決に必要な情報を抽出するのに十分な範囲で可能な限りシンプルに説明することが求められるが,そのちょうどよい「シンプルさ」を決定するのは概して難しい問題である.X線結晶構造解析における問題設定は,X線回折強度から結晶構造を再構成することである.X線回折強度をいくつも測定し,その強度分布を説明する結晶構造,さらに電子密度分布を推定する.結晶構造解析では,初めに原子種,原子散乱因子,原子位置,熱振動に由来するDebye-Waller因子などの基本的なパラメータを決定し,さらにX線回折強度分布をよりよく再現するように単位胞内の電子密度分布の再構成を行う.一般的に調整するパラメータ(説明変数)の数を増やせば計測データを完全に再現する電子密度分布を求めることができてしまう*1.しかし,系統誤差や統計誤差などの影響で正確度の低いデータが計測結果に多く含まれている場合,そのデータも再現するような解が出てきてしまうので,正しい電子密度分布を再構成できない.このように,不正確なデータにも解を合わせすぎてしまうことを過剰適合(over-fitting)や過学習(over-training)と言う.一方で,過学習を避けようと解をシンプルに設定しすぎてしまうと,せっかく測定したデータに含まれる有用な情報を無駄にしてしまいかねない.パラメータ数が増えて複雑になることを抑制し,ちょうど良い「シンプルさ」となるパラメータ数を推定する手立てとして正則化(regulation)という数理手法がある.過学習を防ぎつつ逆問題の不良設定問題を解くために付加的な条件を表す項(正則化項)を導入するのである.結晶構造解析でもよく使われるマキシマムエントロピー法(MEM)についても,計測と解析データの残差項に加えてエントロピーを付加的な項として考慮することで電子密度分布を推定している.計測データと解の残差を束縛条件として,それを満たす範囲で最もエントロピーが最大,つまり電子密度分布がより一様な解を与えるものである.電子密度分布はある程度滑らかに拡がっている(エントロピーが高い)であろうという事前知識を活かしつつ,計測データへの過学習を抑制し電子密度分布を推定している.*1結晶構造解析の良し悪しはRファクターで評価されることが多いが,回折強度分布を説明するための結晶構造や電子密度分布のパラメータを増やせばR値をいくらでも小さくすることが可能である.10日本結晶学会誌第62巻第1号(2020)