ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

大津博義型の分子は結晶を形成する際にπ-πスタッキングの積層構造をとる場合が多く見受けられる.それはMOFでも同じであり,架橋配位子がπ型分子でスタッキングしやすいものであればMOFを形成する際にスタッキング構造を内在する結晶構造となりやすい.このようなMOFで,その配位子が酸化還元活性である場合,π-πスタッキングを介して電子のやり取りをすることができる.例えば,Cd 2(TTFTB)(TTFTB 4-=tetrathiafulvalene tetrabenzoate)では,酸化還元活性であるTTF(tetrathiafulvalene)分子が架橋配位子に組み込まれており,それがπ-πスタックすることで伝導経路が成り立っている.9)このようなπ型分子を用いた例は近年増えている.10)また,井口らは配位子の電解結晶化と組み合わせることで分子伝導体であるNDI(1,4,5,8-naphthalenetetracarboxdiimide)ユニットのπ-πスタック構造を促し,細孔性の分子伝導体ができることを実証した.11)これは分子伝導体を利用し,空間を介した伝導経路の形成が可能であることを示した好例である.さらに,河野らの報告した酸化還元活性三座配位子TPDAP(2,5,8-tri(4-pyridyl)1,3-diazaphenalene)を用いた例では,空気酸化によるTPDAPラジカルの形成に伴い,スタッキング方向の伝導性が7桁向上することが示された.12)配位子のラジカル生成も伝導性をもたせるための重要なファクターである.このようにMOF内での伝導に寄与する酸化還元ユニットの結晶内での配置を結晶学的に明らかにすることが伝導MOFの研究の鍵となる.さらに,単結晶であればどの軸(面)方向に伝導経路があるかを明らかにすることも肝要である.3.伝導性MOFを観る際の注意点近年,伝導性MOFの報告は増加しているが,これらのデータを観る際には注意が必要である.一般に伝導度は電極を単結晶につける単結晶法もしくはペレットにつけるペレット法を用いるが,同じ化合物でも両者で値が大きく異なる.単結晶の場合,伝導度には異方性がある.一方で,ペレットはそれらの効果が平均化された値しか測定できず,伝導度は等方的であり,さらに,粒界が存在し伝導を阻害するため,単結晶法よりも伝導度が小さくなる.また,電極のつけかたが2端子法か4端子法かでも値が異なってくる場合がある.このように測定法によって伝導度には違いがあるため,伝導度の値を比較する際は,どのような測定法を用いた結果であるのかをよく確認する必要がある.13)4.最近の伝導性MOFの発展近年,伝導性MOFは非常に高い伝導性を示すものが増えてきており,金属伝導を示すものも報告されている.特に二次元シート構造をもつMOFはその伝導度がかなり大きな値となる.例えば,2,3,6,7,10,11-triphenylenehexathiolateというジチオレン系配位子とコバルトイオンからなる二次元シートがスタックしたMOFは,300~170 K付近では温度を低くするにつれて伝導度が小さくなるという半導体的挙動を示すが,それ以下の温度領域では温度を低くするにつれて伝導度が大きくなり金属的挙動を示す.14)このような金属的挙動を示すMOFは特筆すべき例である.その他のジチオレン系やカテコラート系をもつ配位子も二次元シートを作り,高い伝導性を示すものが多い.15,16)また,酸化還元ユニットの細孔へのドーピングによる伝導性の発現もAllendorfらにより明らかにされた.17)最近ではこれらの伝導性MOFを種々の応用に活用するための概念実証が行われ始めている.5.終わりに:結晶学の視点からMOFに伝導性をもたせることはもはや不可能なことではなくなった.本稿に紹介しきれないほど多くの伝導MOFの報告がなされており,その設計指針は確立されつつある.最後に,結晶学が貢献できる点を挙げて本稿の結言としたい.伝導MOFは今のところ,結晶構造ありきである.すなわち,結晶構造中での酸化還元ユニットの配置,それらの間の分子間相互作用が伝導性に決定的な役割を果たしている.これは従来の分子結晶の議論を展開できる場であり,結晶化学の果たす役割はまだまだ大きいものである.文献1)S. R. Batten, N. R. Champaness, X. -M. Cheng, J. Garcia-Martinez,S, Kitagawa, L. Ohrstrom, M. O’Keeffe, M. P. Suh and J. Reedijk:Pure Appl. Chem. 85, 1715(2013).2)R. Matsuda, R. Kitaura, S. Kitagawa, Y. Kubota, R. V. Beloslidov, T.C. Kobayashi, H.Sakamoto, T. Chiba, M. Takata, Y. Kawazoe and Y.Mita: Nature 436, 238(2005).3)T. Kawamichi, T. Haneda, M. Kawano and M. Fujita: Nature 461,633(2009).4)M. Sadakiyo, T. Yamada and H. Kitagawa: J. Am. Chem. Soc. 131,9906(2009).5)A. E. Baumann, D. A. Burns, B. Liu and V. S. Thoi: Commun.Chem. 2, 86(2019).6)S. Takaishi, M. Hosoda, T. Kajiwara, H. Miyasaka, M. Yamashita,Y. Nakanishi, Y. Kitagawa, K. Yamaguchi, A. Kobayashi and H.Kitagawa: Inorg Chem. 48, 9048(2009).7)L. S. Xie, L. Sun, R. Wan, S. S. Park, J. A. DeGayner, C. H. Hendonand M. Dinc?: J. Am. Chem. Soc. 140, 7411(2018).8)R. Murase, C. F. Leong and D. M. D’Alessandro: Inorg. Chem. 56,14373(2017).9)S. S. Park, E. R. Hontz, L. Sun, C. H. Hendon, A. Walsh, T. V.Voorhis and M. Dinc?: J. Am. Chem. Soc. 137, 1774(2015).10)L. S. Xie, E. V. Alexandrov, G. Skorupskii, D. M. Proserpio and M.Dinc?: Chem. Sci. 10, 8558(2019).11)L. Qu, H. Iguchi, S. Takaishi, F. Habib, C. F. Leong, D. M.D’Alessandro, T. Yoshida, H. Abe, E. Nishibori and M. Yamashita:J. Am. Chem. Soc. 141, 6802(2019).12)J. Y. Koo, Y. Yakiyama, G. R. Lee, J. Lee, H. C. Choi, Y. Morita andM. Kawawno: J. Am. Chem. Soc. 138, 1776(2016).13)L. Sun, S. S. Park, D. Sheberla and M. Dinc?: J. Am. Chem. Soc.137, 1774(2015).14)A. J. Clough, J. M. Skelton, C. A. Downes, A. A. de la Rosa, J. W.Yoo, A. Walsh, B. C. Melot and S. C. Marinescu: J. Am. Chem. Soc.138, 14772(2016).15)T. Kambe, R. Sakamoto, K. Hoshiko, K. Takada, M. Miyachi, J. -H.Ryu, S. Sasaki, J. Kim, K. Nakazato, M. Takata and H. Nishihara: J.Am. Chem. Soc. 135, 2462(2013).16)D. Sheberla, L. Sun, M. A. Blood-Forsythe, S. Er, C. R. Wade, C. K. Brozek,A. Aspuru-Guzik and M. Dinc?: J. Am. Chem. Soc. 136, 8859(2014).17)A. A. Talin, A. Centrone, A. C. Ford, M. E. Foster, V. Stavila, P.Haney, R. A. Kinney, V. Szalai, F. El Gabaly, H. P. Yoon, F. Leonardand M. D. Allendorf: Science 343, 66(2014).204日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)