ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

金子耕士スマッチが顕著なROs 4Sb 12系で多彩な新奇物性が報告図1充填スクッテルダイトAT 4 X 12の結晶構造.(Crystalstructure of filled-skutterudite compounds.)AイオンがXが作るカゴに内包されている.2.2充填スクッテルダイト化合物におけるラットリング充填スクッテルダイト化合物は,AT 4X 12で表される物質群で,Aはアルカリ金属,希土類,アクチノイド,Tが遷移金属,Xは主としてプニクトゲンに対応する.A,T,Xのさまざまな組み合わせにより,同じ結晶構造をもつ多くの化合物が合成され,系統的な研究を遂行する格好の舞台となっている.図1に結晶構造を示す.この構造は骨格を形成するTX 3の隙間に,Aイオンが“充填”された形となっていて,実際Aイオンがない,非充填スクッテルダイトTX 3も存在する.一方で,図1に示すようにAイオンがXにより形成される二十面体(もしくは,T 8 X 12による十二面体)からなる大きなカゴに内包されていると見ることもできる.スクッテルダイト構造のもう1つの特徴は,空間群が立方晶T hであること,すなわち4回対称性をもたないことである.この4回対称性の欠如は,結晶場を通して物性に大きな影響を及ぼしていることが明らかとなっている.7,8)さらに後述するように回折実験においても重要な特徴となる.ラットリングの舞台であるXで構成されるカゴの大きさに着目すると,プニクトゲンの中ではX=P系でカゴが小さく,As,Sbと原子番号が大きくなるに従ってカゴも大きくなる.また遷移金属Tでも,3dから5dにいくに従ってカゴが大きくなる傾向にある.一方,内包イオンの変化に対して,カゴの大きさは鈍感である.これは内包イオンとカゴの結合の弱さを反映していると言える.内包イオンが希土類元素Rの場合,原子番号(f電子数)の増加に伴い,ランタノイド収縮によりイオン半径は小さくなる.Rにとっての空間をR-X間距離から各々のイオン半径を引いたものとして考えると,原子番号の増加はRの自由空間が拡がることにつながる.充填スクッテルダイトの物性では,伝導特性1つとってみても,絶縁体から半導体,半金属,金属,超伝導体から近藤絶縁体と,きわめて多彩な状態が実現している.数ある物質の中で,カゴが大きく内包イオンとのミされている点は注目に値する.その代表であるPrOs 4Sb 12は,T sc=1.85 KをもつPr系ではきわめて稀な重い電子系超伝導体である.9)基底状態が非磁性のΓ1一重項であることから,重い電子の形成や超伝導の発現に非磁性起源の新たな機構が期待され,盛んに研究された.10)さらにPrに隣接するNdOs 4Sb11)12やSmOs 4Sb12)12も電子比熱係数500 mJ/mol・K 2を超える,Nd,Sm系ではきわめて稀な重い電子化合物である.中でもSmOs 4Sb 12の重い電子状態は,外部磁場の印加に対し非常に鈍感であることから,従来の磁気的なものとは異なる,非磁性の新しい機構の存在が示唆された.13)非磁性起源の新しい物性を誘起する1つの要因として考えられていたのが,ラットリングである.RT 4Sb 12系では,初期の粉末X線回折実験から,内包希土類イオンが大きな原子変位パラメータをもち,またランタノイド収縮がほとんど見られないことがすでに1980年代に報告されている.1)これらの物質で実現する低い格子熱伝導度を説明するうえで,ラットリングは当初,局在的かつ非干渉,すなわちアインシュタイン振動であると考えら14,15れてきた.しかしこれを否定する結果)が示される一方,新たな特徴として,分散の小さい低エネルギーフォノンの存在とその温度低下に伴う顕著なソフト化,14)超16音波分散の存在)などが報告された.結果を説明するうえで,ラットリングにおける強い非調和性の存在や,Rの安定位置がカゴの中心から外れた複数の位置にあるオフセンター振動が提案された.これらの構造に関する情報は,ラットリングそのものを記述するうえで基本となるものである.これらを明らかにするうえで,中性子回折が重要な役割を担う.3.中性子回折実験で見る充填スクッテルダイトのラットリング回折実験では,ブラッグ散乱強度から熱振動の寄与を反映した原子核(正確には散乱能である核散乱長密度(以下,核密度))の時間-空間平均構造についての情報が得られる.Rの安定位置におけるカゴの中心からの“ずれ”は,原子座標として表れる.熱振動の影響は,最小二乗解析においては(非)等方性原子変位パラメータとして得られる.今回充填スクッテルダイトのラットリングの解析を行うにあたり,中性子を利用することに加え,単結晶を用い,解析にマキシマムエントロピー法(MEM)を使用した.一般に単結晶回折は,粉末回折に比べS/N比に優れること,反射の重畳を防げることから,多くの情報が得られる.充填スクッテルダイトの研究では,単結晶,しかも単一ドメインからなる試料を用いることがとりわけ重要な鍵である.これは前述の構造的な特徴である,空238日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)