ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

日本結晶学会誌61,237-242(2019)ミニ特集精密構造解析単結晶中性子回折を利用した精密構造解析日本原子力研究開発機構物質科学研究センター金子耕士Koji KANEKO: Fine Structural Analysis Using Single Crystal Neutron DiffractionNeutron and X-ray are complementary probes for structural study. Whereas X-ray is superior interms of brilliance and resolution in general, neutron diffraction has better spatial resolution reflectingthe difference in scattering medium; electron and nuclei for X-ray and neutron, respectively. Thisdifference results in the fact that neutron diffraction has higher sensitivity to probe thermal vibrationand off-center potential in a crystal. Here, as an example, I will show single crystal neutron diffractionstudy on‘rattling’in rare-earth based filled skutterudite compounds.1.はじめに中性子とX線は,微視的な構造研究において主要なプローブである.散乱体が各々原子核と電子と異なることに起因して,両者は同じ回折でも異なる特性を有し,ビーム特性も異なることから,目的に応じて相補的に利用されている.例として散乱能を見ると,電子で散乱されるX線は原子番号に比例するため,重元素に高い感度をもつ.一方原子核で散乱される中性子は,原子番号に依存しないランダムな散乱能をもち,相対的に軽元素に感度を有する.また原子核ということで,同位体によっても異なる散乱能をもつため,同じ元素でも識別することが可能となる.またビーム特性では,集光などが比較的に容易なX線は輝度が高く,ビーム発散も小さいため,ビーム制御が困難な中性子と比べ微小試料での測定が可能で,角度分解能も高い.一般に中性子回折のほうが角度やΔd/dなどの分解能は低いが,空間分解能という観点では異なる状況が存在する.これは先述の散乱体の違いに起因している.X線の散乱体である電子は,そもそも原子核の周りに1Aのオーダーで拡がっており“ぼやけ”を生じる.一方中性子の散乱体である原子核は,電子の拡がりに対して2桁以上小さい空間スケールに局所的に存在している.そのため,原子の安定位置や熱振動の検出では中性子のほうが優れている.この違いは実験的には原子形状因子として表れ,X線では高波数領域で強度の減少に繋がるが,中性子では波数によらず一定となる.したがって高波数領域では中性子の強度が相対的に大きくなり,熱振動やPDFなどの解析において有効である.本稿では,中性子回折を利用した精密構造解析として,原子の安定位置や顕著な熱振動が問題となる“ラットリング”と呼ばれる現象に焦点をあて,充填スクッテルダイトを例として報告する.日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)2.カゴ状化合物におけるラットリング2.1ラットリングとは固体物理の分野において,カゴ状構造をもつ化合物が注目を集めている.その特徴の1つは,閉じられた大きいカゴ構造がもたらす特異なポテンシャルの基で,内部にゆるく束縛されたゲスト原子が示す大振幅振動で,幼児の玩具である“ガラガラ”との関連から“ラットリング(rattling)”と呼ばれる.1)当初このラットリングは,電気伝導を乱さずに熱伝導のみを有効に散乱する因子として,熱電デバイスの観点から注目を集め,広く研究された.2)しかしこのラットリングが,熱電特性に限らず,電子-格子相互作用を通してより多くの興味深い物性の発現に深くかかわりをもつことがわかってきた.ラットリングの重要性が指摘される代表的な物質としては,カゴ状構造をもつクラスレート化合物A 8X 16X’3)30やスクッテルダイト化合物,4)β-パイロクロア化合物AOs 2O 6(A=K,Rb,Cs)5,6)などが広く知られている.ラットリングの寄与について,クラスレート化合物では,先述の格子熱伝導率の抑制による優れた熱電性能の実現といった応用の観点から数多くの研究がなされる一方で,β-パイロクロア化合物では超伝導との関連で,スクッテルダイト化合物では,熱電性能から超伝導,重い電子状態などさまざまな基礎的側面との関連が提起され,広く研究されている.ラットリングについては,その巨大振幅振動の本質を巡り議論が続いている.物質例が拡がりを見せるにつれ,普遍的な理解に向けて,カゴ構造の大きさや対称性,大振幅振動の異方性や非調和性,オフセンター振動の有無など,より詳細な構造・熱振動の情報や,フォノン分光などダイナミクスの研究が欠かせない.このうち,構造やラットリング振動の詳細な描像を得るうえで,中性子回折はきわめて有効な研究手段である.237