ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

石川亮,柴田直哉,幾原雄一最も一般的に使われる手法である.6)原子番号に対するコントラストを強調するため(Z 1.6-1.9),単原子ドーパント(重元素)でさえも実空間で可視化できる.7,8)しかし,重元素と軽元素が混在する材料では,軽元素の信号強度は弱く,一般に観察が困難である.一方,ABF法では明視野領域の光軸近傍を除いた環状領域で透過電子を受けることにより,窒素や酸素に代表される軽元素に加え,エネルギー関連材料において重要な水素やリチウムまでもが直視できるようになった.9,10)図1b,cにLiCoO 2の[100]入射から得られたADFおよびABF像を示す.11)ADF像では材料中の重元素であるCoのみが可視化されているが,ABF像ではCoに加えOやLiまで結像されていることがわかる.ABF/ADFは検出領域が干渉しないため,同時取り込みが可能であり,全元素種に対応した結像法と言える.2.2微分位相コントラスト法電子線は磁界レンズにより収束できることからもわかるように,電子線は材料中に内在する電磁場からローレンツ力として軌道の偏向を受ける.この二次元偏向角を精密に計測し,材料中の電磁場(あるいは真空中に存在する場)を再生する手法は微分位相コントラスト法(DPC:Differential Phase Contrast)と呼ばれる.3)電子線は試料の静電ポテンシャルが散乱体であり,静電ポテンシャルによる電子線の位相変化から原子位置を可視化する位相コントラスト法が高分解能TEMでは用いられてきた.DPC-STEMでは検出器ににより得られる位相情報を微分するため(対向する検出器の差分),微分位相コントラスト法と呼ばれる.また,Maxwell方程式に従えば,静電ポテンシャルの微分は静電場(静磁場はベクトルポテンシャルの回転)であるため,DPC-STEMでは試料中の電場観察が可能となる.2.3電場と偏向角試料中に内在する電場が計測に用いる電子プローブ径に対して緩やかに変化する場合,回折面では電子プローブ(透過ディスク)は電場方向に沿って変位するため,この変位量が偏向角に相当する.図2aに示すように,従来の円対称な検出器を4つに分割すると,x,y方向の偏向角は対向する検出器の像強度の差分により算出できる.12)この方法により,pn接合のように界面に形成された内蔵電場や磁気スキルミオンなどの特異なナノスケールの磁気構造の直接観察が実現された.13,14)しかし,原子スケールに拡張した場合には状況が一変する.原子はおよそ2 fm(=2×10-3 pm)の原子核の周囲を電子が遮蔽しているが(有限温度では格子振動のため,5 pm程度),先端の電子顕微鏡でもせいぜい40 pm程度にしかプローブを絞れない.したがって,原子近傍では,電子プローブに対して電場が急峻に変化するため,原子の作る電場の影響は回折面における電子プローブの変位で図2 SrTiO 3の[001]入射から得られたDPC-STEM像.(DPC-STEM images obtained from SrTiO 3 viewedalong the[001]direction.)(a)16分割型検出器,(b)SrTiO 3の[001]入射から得られた原子分解能ADF-STEM像,(c)電場強度像,(d)電場方向像.編集部注:カラーの図は電子版を参照下さい.はなく,透過ディスク内部の強度の偏りとして観測される.この偏りが偏向角に相当し,透過波の重心位置として検出される.15,16)したがって,原子電場も可視化が可能であり,図2b~dにSrTiO 3の[001]入射から観察したADF像,分割型検出器によるDPC-STEMから構築した電場強度像および電場方向像が得られる.2)これらの像の解釈は後のグラフェンの例で詳細に説明する.3.単層グラフェンの電場構造3.1化学結合を観察するには原子分解能での電場(E(r))が得られれば,その発散(∇・E(r))から電荷密度分布(ρ(r))が得られるため,化学結合の観察がDPC-STEM法でも実現できそうである.17)しかし,DPC-STEMにより得られる実像は電子密度分布に加え,原子核による正電荷の分布を含むため,広がりをもつ弱い電子密度分布を実空間で観察するには,現状よりもさらに細いプローブを用いて信号雑音比を極限まで改善した実験が要求される.そこで,別の視点から化学結合を観察する方法を考える.L. Paulingによれば,化学結合とは原子間に働く力であり,この力場の存在により物質が安定に存在する.18)化学結合に寄与している電子に働く力はクーロン力であり,物質中での電場分布が電子に働く力場となるため,電場像から間接的に化学結合の観察を試みる.重元素を含んだり試料厚みがある場合には,電子線が232日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)