ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

都築誠二固定し,セル中の原子の位置だけを最適化する方法と原子の位置だけでなくセルのパラメータも同時に最適化する方法がある.X線結晶解析から得られた結晶構造の水素の位置を精密化する際や,水素の位置だけがわからない場合は原子の位置だけを最適化すれば良い.原子の位置の最適化だけであれば,後述のQuantum ESPRESSO 6)を使い分散力補正DFT法を用いれば,マルチコアCPUを搭載したデスクサイドのパソコンで容易に最適化できる.一方,結晶構造予測では種々の結晶構造の初期構造から構造最適化を行い,得られた局所安定構造のエネルギーを比較する.この場合は原子の位置だけでなく,セルのパラメータの最適化も必要なのでかなり計算に時間がかかる.3.ソフトウェア力場計算を用いた結晶構造の最適化には,商用ソフトのCONFLEX 7)やMaterial Studio 8)を利用できる.CONFLEXは配座探索のために開発されたソフトだが,結晶多形の探索もできる.CONFLEXでは探索した多数の初期構造を力場計算で最適化し,得られた局所安定構造のエネルギーの比較から結晶構造を予測している.そのほかに,力場を使った結晶構造の最適化にはLAMMPS 9)などの分子動力学計算用のフリーソフトを利用することもできるが,構造最適化に必要な力場を自分で準備することが必要な場合がある.周期境界条件を用いた分散力補正DFT法による結晶構造の最適化にはQuantum ESPRESSO,6)CRYSTAL,10)Material Studio 8)などを利用できる.Quantum ESPRESSOは平面波基底関数を使うオープンソースのDFT計算のソフトである.Grimmeの分散力補正法も内蔵されており,結晶中の原子の位置の最適化やセルパラメータを含めた結晶構造の最適化ができる.CRYSTALは周期境界条件を使ったDFT計算用の商用ソフトだが,Gaussianと同様に原子に置いた基底関数系を用いている.また,分散力補正も行うこともできる.Gaussianを利用した経験があれば,平面波を使ったQuantum ESPRESSOよりもCRYSTALのほうがなじみやすいかもしれない.Material Studioを使えば,CRYSTALと同様に原子に置いた基底関数系を使い,分散力補正DFT計算を行うことができる.周期系,非周期系で力場計算と分散力補正DFT計算(DmolおよびDmol3)11)の両方を行うことができることと,使いやすいGUIが整備されていることがMaterial Studioの利点だが,かなり高価なソフトである.Gaussian16 12)でも周期境界条件を使ったDFT計算を行えるが,残念ながらGaussian16では周期境界条件を使った分散力補正DFT計算は行うことができない.結晶中の隣接分子間の相互作用エネルギーの計算の際に水素の位置を精密化するだけならば,結晶中の2分子の座標を取り出して,非周期境界条件でGaussianを使い,水素以外の原子の位置を固定して,水素原子の位置だけを最適化することもできる.4.結晶構造の最適化4.1 Quantum ESPRESSOを用いた最適化Quantum ESPRESSOを使えば,周期境界条件を使った分散力補正DFT法で結晶構造を最適化できる.ホームページからLinux,Mac-OS,Windows版をダウンロードして利用することができる.Windows版のインストール方法についてはクロスアビリティ社が開発した計算化学用GUIソフトであるWinmostarのチュートリアルが掲載されているページ13,14)などに詳しい記述がある.Winmostarを使えば,cifファイルからのQuantumESPRESSOの入力ファイルの作成や結果の可視化が簡単にできる.Quantum ESPRESSOの入力ファイルの一例を図5に示す.この入力ファイルを用いた計算では分散力補正DFT計算を用い,結晶セルを固定して,ベンゼン結晶中の原子の位置だけを最適化する.入力ファイルの&control以下のcalculation='relax',の部分はセルを固定して原子の位置だけを最適化することを示す.このrelaxをvc-relaxに変えるとセルのパラメータも同時に最適化される.etot_conv_thrとforc_conv_thrは収束判定条件を指定している.Quantum ESPRESSOでは原子価軌道は平面波で計算し,擬ポテンシャルで内殻軌道を取り扱う.入力ファイルの&controlのpseudo_dirの部分では擬ポテンシャルを置くディレクトリを指定している.擬ポテンシャルはQuantum ESPRESSOのホームページからダウンロードできる.いくつかの種類の擬ポテンシャルライブラリーが公開されているが,PSlibraryが推奨されている.種々の偽ポテンシャルの選択方法の解説が公開されている.15)この入力ファイルでは利用していないが&systemのibravの部分で空間群を指定することもできる.その下のecutwfc,ecutrhoではカットオフエネルギーを指定している.この値を小さくすると計算時間は短くなるが,計算精度が低くなる.ほとんどの場合図に示した値を使えば十分である.その下のinput_dft='PBE',では計算に用いる汎関数を,vdw_corr='Grimme-D3',では分散力補正法を選択している.&ionsのion_dynamics='bfgs',では構造最適化手法を選択している.最適化でエラーが生じる場合はbfgsをdampに変えると改善する場合がある.入力ファイルのATOMIC_SPECIESの下の2行ではpseudo_dirに置かれているファイルから計算に用いる炭素と水素の偽ポテンシャルのファイルをそれぞれ指定している.その下のATOMIC_POSITIONS bohr以下では結晶構造を定義している.第1カラムでは原子の種類を,第2~4カラムでは原子の座標をatomic unit単位で示している.この部分のbohrをangstromに変えればA226日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)