ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

ページ
29/68

このページは 日本結晶学会誌Vol61No4 の電子ブックに掲載されている29ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No4

計算化学手法を用いた結晶構造の精密化異方性をもつ.水素は1つしか電子をもたず,その電子は結合の生成に使われる.このため,結合方向に分布した電子が多くなり,電子の分布に異方性が生じる.その結果,図2に示すように結合の反対側のA方向から原子が接触する場合のほうがB方向から接触する場合よりも交換反発力が弱くなる.同様にハロゲン原子の交換反発力も強い異方性をもつことが知られている.1)通常の力場では水素やハロゲン原子の交換反発力を正確に評価することが難しい.水素結合やハロゲン結合の引力は強い方向依存性をもつが,これは引力の主な原因となっている静電力が強い方向依存性をもつためである.水素結合やハロゲン結合の静電力が強い方向依存性をもつ原因の1つは,原子上の電荷分布の異方性が大きいことである.2)ほかの原子と結合したハロゲン原子の電荷分布は図3に示すように強い異方性をもつ.ヨウ素などのハロゲン原子ではほかの原子との結合の反対側に正電荷(δ+)の分布した領域(σ-ホール)が生成し,ルイス塩基と強く相互作用し,ハロゲン結合が生じる.2)図1に示すような通常の力場では原子に置いた点電荷で静電力を評価するので,水素結合やハロゲン結合の方向依存性を正確に計算することも難しい.イオンの相互作用や水素結合では誘電分極が原因の誘起力による引力も無視できない.リチウムイオンのような小さなイオンや多価イオンは強い電場をもち,これらのイオンと溶媒分子の間には誘起力による強い引力が働く.3)また,水素結合ネットワークの生成により水素結合が強められる水素結合協同効果も誘起力による多体効果が原因である.原子に固定電荷を置く通常の力場では誘電分極の影響を評価できない.電荷の大きさを調整することで誘起力の寄与を補正することも多いが,静電力と誘起力の距離依存性は異なり,電荷の調整による補正では正確に誘起力を評価できない.誘起力をあらわに取り扱う分極力場の開発も進められているが,現状では分極力場で計算できる分子は限られている.通常の力場では誘起力の寄与を正確に計算できないことも力場計算の問題点である.十分に大きな基底関数系を用い,適切に電子相関を補正したab initio分子軌道法を用いれば,分子内相互作用や非結合相互作用を正確に評価できる.電荷分布の異方性や誘電分極の寄与も量子化学計算では自動的に取り込まれる.分散力は電子の相関運動が原因なのでHartree-Fock法(HF法)では計算できない.分散力の計算にはMoller-Plessetの二次摂動法(MP2法)やCoupledcluster法(CCSD(T)法)による電子相関の補正が必要だが,これらの手法を使い,周期境界条件を用いて結晶のエネルギーを計算することは難しい.DFT法は電子相関を考慮できる計算手法だが,B3LYPなどの汎関数を用いたDFT法では交換反発力,静電力,誘起力の寄与は計算できるが,分散力は計算できない.結晶のエネルギーの計算では分散力の寄与をポテンシャル関数などで補正した分散力補正DFT法が使われる.種々の量子化学計算ソフトにも入っているGrimmeらの補正法が分散力の補正にはよく使われる.最近は補正法が改良され,分散力補正DFT法を用いると良い精度で分子間相互作用エネルギーを計算できることが多い.図4にB3LYP/6-311G**レベルの計算にGrimmeらのD34法)での分散力補正を行って計算したベンゼン二量体の分子間相互作用エネルギー(B3LYP+D3)を示す.気相での実験値をほぼ再現する高精度のCCSD(T)法での計算結果とよく一致している.5)結晶構造を最適化する際には結晶セルのパラメータは図2ほかの原子と結合した水素原子の交換反発力の異方性.(Anisotropy of exchange-repulsion of hydrogenatom bonded with another atom.)R図3ほかの原子(Y)と結合したハロゲン原子(X)の電荷分布.(Charge distribution of halogen atom(X)bonded with another atom(Y).)図4DFT法で計算したベンゼン二量体の相互作用エネルギーのCCSD(T)法との比Comparison較.(of intermolecularinteraction energies calculated for benzenedimer by DFT calculations and CCSD(T)calculations.)日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)225