ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

日本結晶学会誌61,224-230(2019)ミニ特集精密構造解析計算化学手法を用いた結晶構造の精密化産業技術総合研究所機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター都築誠二Seiji TSUZUKI: Refinement of Crystal Structures by Computational MethodsDispersion corrected density functional theory(DFT)calculation is a powerful method for therefinement of crystal structures. This article presents a short introduction of computational methodsand some examples of the refinements including the effects of the refinement on the calculatedintermolecular interaction energies between neighboring molecules in crystals.1.はじめに結晶中の分子の配列は有機結晶の物性に大きな影響を与える.例えば,分子配列の違いによって電気伝導性などの電子物性や溶解性が大きく変化する.このため,結晶構造の精密解析は種々の有機材料の開発にとって重要である.また,有機結晶の構造や物性の理解には結晶中で働く分子間相互作用の解析が有効であり,最近ではab initio分子軌道法や分散力補正密度汎関数法(DFT法)による解析が行われている.分子間相互作用エネルギーを解析にも精密な結晶構造は不可欠である.原子の位置のわずかな違いによって計算される分子間相互作用エネルギーはしばしば大きく変化する.分子間相互作用の解析に基づいた格子エネルギーの計算は,結晶構造予測にも利用される.結晶構造予測では構造最適化で得られた種々の局所安定構造の格子エネルギーを計算し,最も安定な構造を予測構造とする.結晶構造の精度は格子エネルギーの計算に大きな影響を与えるので,結晶構造の予測を行う際も精密な構造最適化が必要となる.X線結晶構造解析から結晶構造に関する膨大なデータが蓄積されているが,X線回折からわかるのは電子の分布なので,水素などの軽い元素の原子核の位置を正確に決めることは難しい.例えば,ほかの原子と結合した水素の電子の分布は原子核のまわり等方的でなく,結合方向の電子の分布が大きい.このため,X線結晶構造解析で測定したC-H結合などの水素原子の結合距離は原子核の位置を測定している中性子線回折から報告されている結合距離よりも短くなる.また,タンパク質などの生体分子や重い元素を含む結晶では水素の位置を決めることが困難な場合が少なくない.こうした場合,量子化学計算を用いた結晶構造の精密化が有効である.本稿では分散力補正DFT法による結晶構造の精密化の方法と精密化が結晶中の分子間相互作用エネルギーの計算に与える影響について紹介し,結晶構造の精密化の重要性を示す.2.結晶構造の最適化手法結晶のエネルギーの精密計算には力場計算,ab initio分子軌道法,分散力補正DFT法などの手法が用いられている.計算化学手法を用いた分子構造の最適化では,分子のエネルギーの計算値が減少する方向にそれぞれの原子を動かして構造を最適化する.同様に周囲の結晶セル中の分子との相互作用を取り込む周期境界条件を使って結晶のエネルギーを計算し,エネルギーが減少するように原子の位置やセルパラメータを変えることで結晶構造を最適化できる.力場計算に必要な計算時間は量子化学計算と比べると5~6桁短く,迅速に結晶構造を最適化できることが利点である.力場計算ではほとんどの場合,図1に示すような簡単なポテンシャル関数を使って伸縮,変角,ねじれなどの分子内相互作用や非結合相互作用のエネルギーが計算される.簡単な関数が使われているため,力場計算では相互作用エネルギーを正確に評価できない場合がある.このため,力場計算を用いて精密化した結晶構造はしばしば大きな誤差を伴う.一般に使われている図1のような力場では非結合相互作用のエネルギーは原子間距離(r)だけで決まり,非結合相互作用の方向依存性は考慮されない.一方,ほかの原子と結合した水素の電子の分布は前述のように強いE = E str + E bend + E torsion + E nonbondE str = 1/2 k s (R ? R 0 ) 2(伸縮)E bend = 1/2 k b (θ?θ0 ) 2(変角)E torsion = 1/2ΣV n (1 + cos nφ)(ねじれ)Enonbond=qiqjr-1+Br-12-Ar-6(非結合)図1力場計算で用いられるポテンシャル.(Potentials usedfor force field calculations.)224日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)