ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No4

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概要

日本結晶学会誌Vol61No4

松井崇,加藤早苗,田中良和図1 TpHの3D構造.(CryoEM densityof TpH.)a)C 5対称での精密化構造,b)C 1対称での初期構造,c)b)を精密化した立体構造.シアンでFU-d*,黄色でFU-gを示す.図2 TpHの構造解析の流れ.(Processing workflow.)図3 TpHの会合体構造Architecture.(of TpH.)a)TpHを横,上,下から見た構造.b)TpHを構成する10分子の会合関係.c)TpHの内部領域の概略図.各プロトマーは別の色で表示した.編集部注:カラーの図および拡大図は電子版を参照下さい.をもつ外壁領域と非対称なFUの配置をもつ内部領域から形成されていた.TpHの結晶構造のうち,外壁領域に存在する60個のFU(FU-a-b-c-d,e-fが10個のプロトマーに存在)は単粒子構造解析で得られた電子密度と非常によく一致した.一方,内部領域には5個のFU二量体の電子密度が観測され,これらは会合時に二量体化したFU-gと断定した.5個のFU-g二量体のほかに,内部領域には孤立した10個のFUの電子密度が存在し,これらをFU-d*と帰属した.外壁領域と内部領域のFUを連結するリンカー領域の電子密度は確認できなかったため,各末端間の距離から,最終的にすべてのFUの構造を決定した(図3).既知ヘモシアニンのFU-g二量体は内部領域の上部側にのみC 5対称で配置される.一方,TpHの構造では,1,3,5番目のFU-g二量体が上部に位置するように上下ジグザグに配置し,5個のFU-g二量体は非対称に配置し,また,FU-d*はFU-gと反対側の領域に存在していた(図3).4.なぜ結晶構造では内部領域を解析できなかったか?TpHのX線結晶構造解析より,外壁領域のみが隣接分子間とのクリスタルパッキングに関与するため,C 5対称のTpHが50%の割合で上下反転して積み重なって結晶化し,D 5対称の疑似の平均構造が観測されたと結論づけられていた.3),4)一方,単粒子構造解析から,TpHはD 5対称な外壁領域と非対称な内部構造により構成されていた.この構造的特徴をもつTpHが,外壁領域のクリスタルパッキングだけで結晶化した結果,外壁領域のD5の対称性により,72°ずつ回転した5つの異なる向きのTpHに加え,それらが上下反転した,計10種類の異なる向きのTpHがパッキングし,最終的に疑似のD 5対称性の電子密度を与え,本来の非対称の内部構造をもつ分子として構造決定できなかったことがわかった.ここで注意したいのが,単粒子構造解析でも対称性の高い領域の構造の影響を受け,結晶構造と同様のD 5対称の構造へと導かれていたことである.これは,単に単粒子構造解析を行えば正しい立体構造を得られるわけではないことを明示している.単粒子構造解析においても,複雑な対称性をもつ分子の構造解析には,データを正しく解釈しなければX線結晶構造解析と同様の誤った構造モデルを導出する危険性がある.今回,われわれはユーザーファンクションを用いて外壁領域と内部領域を個別にマスクしてローカルに精密化することで,はじめて,正しいTpHの非対称な分子構造を決定できた.謝辞本研究を推進するにあたり多くのご助言を賜りました,北海道大学大学院先端生命科学研究院田中勲特任教授,姚閔教授に深く感謝いたします.SPHIREのユーザーファンクション作成にご尽力下さいましたMPI DortmundStefan Raunser博士,Christos Gatsogiannis博士,MarkusStarbin氏,守屋俊夫博士(現・高エネルギー加速器研究機構)に心より感謝致します.本研究はJSPS科研費(15KK0248,17KK0141),JSTさきがけ(JPMJPR1517)の支援により実施しました.図はInternational Union ofCrystallographyに許可を得て転載しました.文献1)S. Kato, et al.: Biophys. Review 10, 191(2018).2)J. Markl: Biochimica et biophysica acta 1834, 1840(2013).3)Z. Gai, et al.: Structure 23, 2204(2015).4)松野明日香ほか:日本結晶学会誌85, 91(2016).5)Y. Tanaka et al.: IUCrJ 6, 426(2019).6)T. Moriya et al.: J. Vis. Exp. 123, e55448(2017).212日本結晶学会誌第61巻第4号(2019)