ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

クリスタリット無損傷構造解析Damage-Free Structure Analysisシトクロムc酸化酵素Cytochrome c Oxidase動物細胞では,ミトコンドリアと呼ばれる細胞内顆粒によって生命活動に必要なエネルギーが作られている.シトクロムc酸化酵素はミトコンドリア内膜にあって,シトクロムcから電子を受け取ってO2を水にまで還元する.その酸素還元反応と共役して,内膜のマトリックス(N側)から膜間腔(P側)へプロトンを能動輸送する.P側に蓄積されるプロトンは内膜にあるATP合成酵素によるATP合成の駆動力として使われる.動物のシトクロムc酸化酵素はミトコンドリアで合成される3種のサブユニットと細胞質で合成される10種のサブユニットで構成されている.活性中心には二核銅であるCuA,ヘムa,ヘムa 3とCuBがある.CuAはシトクロムcから電子を受け取り,ヘムaを介してヘムa3に電子を渡す.ヘムa 3から5Aの所にあるCuBがヘムa 3と共に酸素還元中心を構成している.(兵庫県立大学大学院生命理学研究科月原冨武)タンパク質の精密構造解析Exquisite Protein Crystal Structure Analysis精密構造解析か否かを判断する明確な指標があるのではない.敢えてタンパク質の精密構造解析を定義するならば“経験則を逸脱する構造解析結果が出てもその正当性を主張できる信頼度を追求する構造解析”としたい.タンパク質の精密な構造を追求する上で最も重要なのは,分解能・位置精度の向上である.0.8 Aを超えると電子密度そのものを決定できると共に経験則による束縛を極力避けた解析が可能になる.水素原子位置の決定は中性子回折が使われるがサブAを超えるとX線でも十分可能になる.同じタンパク質で分解能が向上するに従って,側鎖等の構造多型が増えて来る.これは低い分解能では2つの構造を分離できていなかったことが原因であり,温度因子の高い部分については,動的揺らぎか構造多型かを検証することが求められる.位置精度の向上はカルボン酸などのイオン化状態の決定にもつながる.近年,動的結晶構造解析も現実のものになり,精密さの中にその動きの精密さ,すなわち時間分解能も入ってきた.(兵庫県立大学大学院生命理学研究科月原冨武)日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)タンパク質のX線結晶構造解析で最初に遭遇した問題は,結晶の脱水による格子の変化であった.この問題は結晶をガラスキャピラリーに封入することによって克服した.X線の長時間照射や強力な放射光X線による結晶の劣化が深刻になるケースも出てきて,低温凍結法が開発された.その結果,通常の回折実験では結晶の劣化がデータ収集に支障をきたすケースは稀になった.しかし,活性中心に金属等を含むタンパク質において,X線照射によって金属の電子状態の変化が起こり,求めるべき状態の構造が容易に変化する深刻な問題に遭遇するケースが出てきた.X線自由電子レーザーは約10フェムト秒パルスの極めて強力なX線であり,1パルスの照射で回折像を得ることができる.強力過ぎて照射された部分は完全に破壊されるが,分子が壊れるのには10フェムト秒以上の時間を要するために,照射中は元の構造のままである.その結果,損傷前の構造による回折データを収集することができる.この回折データに基づいた構造解析が無損傷構造解析である.(兵庫県立大学大学院生命理学研究科月原冨武)TLS解析TLS Analysis独立原子モデルに代表される構造の精密化においては構成原子の位置座標や熱振動パラメータを空間群の対称性に基づいてそれぞれ独立に動かすことが基本的である.しかし隣接原子間の相互作用が強い系ではこの方法は不適当な結果をもたらすことがある.これに対し,TLS解析では分子の対称性を考慮し,分子全体の並進(Translation),秤動(Libration),およびねじ的動き(Screw:厳密には並進テンソルと秤動テンソルの相関係数)を変数として用いる.この手法は相互作用の強い隣接原子の位置や振動状態をより正確に求めるのに役立つのみならず,位置座標や熱振動パラメータなどの変数の数を独立原子モデルよりも減らすことができる場合がある.(名古屋工業大学先進セラミックス研究センター石澤伸夫)副格子溶融Sublattice Melting複数種の原子がそれぞれ異なるワイコフ席を占めるような結晶を加熱すると,融点に至る前に,ある特定のワイコフ席を占める原子がその席を離れて比較的自由に結晶内を動きまわる場合がある.当該原子のみを見るとこれは一種の溶融状態に相当し,これを副格子溶融と呼ぶ.(名古屋工業大学先進セラミックス研究センター石澤伸夫)189