ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

ページ
40/60

このページは 日本結晶学会誌Vol61No3 の電子ブックに掲載されている40ページの概要です。
10秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

概要

日本結晶学会誌Vol61No3

石澤伸夫シウムの結晶構造を,1つの炭酸基が6個のカルシウムからなる八面体の中に包接されたものと考えることができる.方解石と霰石ではその包接体の積み上げ方も異なるが,1つの包接体の中における炭酸基の向きもまた異なっている.V相の酸素のうねった円軌道を眺めると,方解石における位置(O1席あるいはO2席など,軌道のうねりの中心となる位置)と霰石における位置(O3席あるいはO4席など,軌道のうねりの最大ないし最小となる位置)が含まれていることがわかる(図3).すなわちV相は方解石と霰石の中間に位置する遷移的構造とみなすことができよう.そしてこの遷移的構造の出現は方解石の高温におけるc軸方向の異常な伸びと密接に関係6している(関連文献)のFig. S1参照).方解石と霰石の生成関係には謎の部分が多かったが,V相の存在とその構造の解明を待って初めて本格的な研究が開始されたと言ってよい.4.TLS補正最小二乗法による構造の精密化というプロセスにおいて,われわれは原子をしばしば「球」と仮定する.原子の散乱因子に対しても一般的にはそうであるし,原子変位因子に対してもそう仮定する場合がある.そして「球」同士の相互作用は無視する(独立原子モデル).このような最小二乗法では,たとえ異方性の原子変位因子を用いても原子座標が真値に収束せず,結合距離が正しく求まらない場合がある.方解石もその一例で,結合している原子間の変数相関を考慮しない通常の最小二乗法では炭酸基中のC?O結合距離は高温側で短めの値になる.これを解決する1つの方法はTLS解析と呼ばれるもので,分子を構成する原子の変位変数を独立に動かさず,代わりに分子の対称性を考慮し,分子全体の並進(Translation),秤動(Libration),およびねじ的動き(Screw:厳密には並進テンソルと秤動テンソルの相関係数)を変数として用いる.独立原子モデルを「球」モデルと呼ぶなら,TLSモデルは「球と棒」モデルと呼べよう.TLS解析法の原理は原著論文,10)あるいは書物7)に譲り,結果のみを述べる.異方性原子変位パラメータを用いる通常のIAM解析法で得られた方解石中のC?O距離の温度変化を図4左に示す.同じデータに対してTLS解析を行った場合の結果を図4右に示す.通常のIAM解析では,C?O結合距離が昇温とともに小さくなるのに対し,TLS補正を行うと,昇温とともに緩やかに増加する.室温付近での両者の違いはそれほど大きくないが,1,200 K付近ではその違いはおよそ0.08 A程度に拡大する.この差は大きい.なお,TLS補正して得られた原子間距離がより真値に近11いことは,ほかの手法を用いた結合距離の推定結果)からも担保されている.なお,方解石のI相とIV相の解析ではTLS補正が有効に機能した.しかしV相ではいささか怪しい(図4右).これは,V相における酸素の原子変7位の大きさが,TLS補正の限界)を超えていることもあるが,より根本的には,副格子溶融を起こしているV相の構造が,通常の「球」モデルはもとより,TLS解析が前提とする「球と棒」モデルをも超越していることによるのであろう.5.シリコン・アバランシェフォトダイオード検出器測定可能なすべての反射の積分強度を正確に測定するには,1つ1つの反射を回折計の赤道面にのるように結晶の方位を制御し,一定の角速度でエバルト球を切るようにして逆格子点の強度分布を求める手法,すなわち四軸型単結晶回折計などを用いた2θ?ω走査法が古典的で,時間は掛かるが優れた手法である.問題は,いわゆるポイントディテクターと呼ばれるX線検出器にある.無機結晶における回折強度のダイナミックレンジは広く,例えばよく使われるNaI(Tl)シンチレーション検出図4高温における方解石のC?O結合距離の温度変化.(The C?Οinteratomic distance in calcite as a function oftemperature.)左図はTLS補正を行わなかった結果で,右図は行った結果を示す.184日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)