ブックタイトル日本結晶学会誌Vol61No3

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概要

日本結晶学会誌Vol61No3

月原冨武図9T. Thermophilus CcOのF o-F c電子密度図.(F o-F cdifference electron density maps around the dioxygenreduction center of T. thermophilus CcO.)モデルは配位子として過酸化物をおいた構造.上の図はF c計算にリガンドと参照用の水を除いた場合で,下の図はF c計算にリガンドとして水を置いて参照用の水を外した場合である.上の図で電子密度ケージは6.00 rmsd,下の図では3.00 rmsdで作図した.上の図で参照の水とリガンドのピーク値はそれぞれ0.4413 e/A 3,0.6522 e/A 3である.位子として水を置いた場合のF o-F c電位密度図(図9下)では酸素原子位置の両端にピークがあり,その位置は過酸化物の酸素由来として妥当である.以上のことから,T. thermophiles酵素の無損傷構造休止酸化型でも過酸化物の可能性が高い.以上がX線結晶構造解析の現状であり,分光学研究との矛盾の問題では,なぜ過酸化物が休止酸化型の中で安定的に存在しているのかという疑問である.これについてはまだ結論を得ていないが,休止酸化型構造には過酸化物から先に進む反応が抑制される要因があると考えて,反応中間体と休止酸化型のさらなる高分解能での詳細な構造比較を試みている.このことは反応サイクルで過酸化物中間体の寿命が短い反応機構の解明にも繋がると考えている.最初に述べた塩素イオンを配位子とする説については,異常散乱法によって,この可能性を排除した.54)2.3 A分解能の電子密度分布で見つけたHis240と48Tyr244の側鎖の共有結合)については,アミノ酸配列研究からの否定的見解やX線損傷によるもので本来の構造ではないと言われた.しかし,その後,アミノ酸配列が再検討されてこの翻訳後修飾構造が正しいことが証明された.結晶構造解析を関連分野の研究に合わせるのではなく,結晶学的妥当性を追求することを優先することによって,結晶学の役割を果たすことができると確信している.4.4化学プロトン輸送経路われわれは1996年に構造に基づいて3つのプロトン輸送経路を提案した.55)その後,それぞれ経路D,K,Hと名前がつけられ,細菌のCcO変異体の機能解析によって経路Dと経路Kは化学プロトンの輸送経路であることが明らかになった.経路D,Kにはそれぞれ弁の役割を果たすGlu242とLys319があり,必要に応じて構造を変えてプロトンを酸素還元中心に輸送する(文献42のFig.9).経路D,Kは反応サイクルの別の状態で働くように制御されている.経路Dは反応サイクルP→F,F→Oで化学プロトン輸送にかかわり,経路KはO→E,E→Rで働く.42)以上は構造と変異体の機能解析に基づいて導出されたプロトン輸送機構であるが,疑問点が多く残っている.最も大きな課題は,経路D,Kがどのようにしてそれぞれの決まったタイミングでのみ働くかということである.さらに,プロトン濃度の低いN側から酸素還元中心にプロトンが輸送される仕組みについては,経路を提案しただけであり,そのメカニズムについては未解明である.タイミングの問題も含めて化学プロトン輸送の仕組みを明らかにする手がかりになりそうなのは各反応中間体の精密な構造であり,今後の課題である.4.5経路Dによるプロトン能動輸送説細菌のCcOでは経路Dの変異体Glu242Asp(ウシCcOでの番号)では化学プロトン輸送のみならず,プロトン能動輸送も止まることから,経路Dはプロトン能動輸送にもかかわるとしている.42)さらにAsn98Asp(ウシCcOでの番号)変異体の機能解析によってもこれを支持する結果になっている.56)Glu242までは2種のプロトンは共通の経路で輸送されて,Glu242によって化学プロトンと能動輸送プロトンが仕分けされる.Glu242で仕分された能動輸送プロトンがP側の膜外に輸送される経路についても理論・計算による提案はあるが,それに対する明確な実験的根拠はない.ここでも反応中間体の高分解能の構造が必須である.4.6経路Hによるプロトン能動輸送説われわれは休止酸化型,完全還元型,A-中間体類似体であるCO-結合還元型などの構造解析結果に基づいて,経路H(図8)によってプロトンが能動輸送されると主張している.43),46)経路Hは水チャネルと水素結合ネットワークからなっていて,それぞれに弁の役割を果たす構造がある.経路Hの近くには分子内部にもかかわらず親水性に富んだMg水クラスターがある.46)水チャネルの弁の開閉はヘリックスXの構造変化によって行われ,反応176日本結晶学会誌第61巻第3号(2019)